6話 音と心(4/7)
「もーダメェェェ。緊張で口から心臓出ちゃうよぅぅぅ」
両手をぎゅっと胸の前で握りしめて、ほんのり涙目のミモザの肩をアキがぽんぽんと励ますように撫でる。
今日は皆が思い思いに迎えた生放送の日だった。
あと十分ほどで学生出演者は部屋に全員集まって、今日の説明を聞くことになっている。
しかし、唯一番組内でトークに出演するはずの、作曲者である空はまだ来ていなかった。
「空さんまだかな……」
テレビ局のスタジオから長いエスカレーターでくだったところにある土産物売り場の前のテラスから、アキが身を乗り出すようにして辺りを見回している。
コンクリート造の建物の一角は、風が通り抜ける度に寒さを感じる。
「あいつ方向音痴なんだよな……。せめて駅で待ち合わせて一緒に来るべきだったわ、しくじった……」
アキから少し距離を置いたところでは、新堂がミモザとコソコソ話していた。
私服の新堂は細身のジーンズに派手な柄の手描きスニーカー、厚みのある生地のフーディーとキャップというラフな格好だ。
普段は一つに括られているだけの髪も、今日は細く編まれていて、あちこちに光り物までついている。アキとミモザは最寄り駅に現れた新堂のナチュラルお洒落ぶりに感嘆した。
一方でミモザとアキは顔こそ出さないものの出演側ということもあり、いつもの学生服を着ている。
「音痴なだけじゃなく、方向まで……」
ミモザが呟けば、新堂は頭を抱えた。
「空、ぎりっぎりまで曲調節してたからなぁ。ちゃんと飲み食いしてたかどうか……。その辺で倒れてんじゃねーといいけど……」
二人の会話を聞こえないふりで過ごしていたアキだったが、その言葉は聞き逃せなかった。
「私、ちょっと探しに行ってくるっ」
パッと手すりを離すと、アキは振り返る事なく下りのエスカレーターに飛び乗る。
「アキちゃんっ!?」
「えっ、ちょっ、お前はここにいろって、歌うやつがいなきゃヤバいだろっ!」
慌てて追おうとする新堂の服の裾にミモザが慌ててしがみついた。
「しっ、新堂さんっ……一人に、しないでくださいぃぃぃ」
引き止められて、新堂は足を止める。
本番が迫るにつれて青ざめつつあったミモザの顔はいよいよ真っ青だ。
「だよなぁぁぁぁぁぁぁ。こんなとこに一人で置いてくわけにいかねーよな……」
元々新堂は、先日の麗音のようにアキやミモザを特定して声をかけて来るような輩から二人を守るために、空ではなく二人と待ち合わせをしていた。
だからこんなところでバラバラになっては意味がない。
……すでに一人はいなくなってしまったが。
テラスから下を見れば、長いエスカレーターを降りたアキが相変わらずの瞬足で向こうに広がる地下通路に入ってゆくのが見えた。
なんとなく、アキなら変な奴に声をかけられたところでダッシュで逃げ切れそうな気もする。
ここはとにかく俺はミモザちゃんのそばにいた方がいいだろうな。と彼女を見れば、ミモザはアキの走っていった方向をジッと見つめていた。
「それに、アキちゃんなら、空さんをみつけて、きっと帰ってきます……」
一つずつ、祈るように紡ぎ出される言葉。
アキとミモザの間にある強い信頼を感じて、新堂はちょっと妬けてしまう。
「じゃあ、もし帰ってこなかったら……?」
新堂としては、ちょっとした冗談のつもりだった。
けれど、くるりとこちらを見上げたミモザの目は据わっていた。
「帰って、来なかったら……? その時は……新堂さん、私と一緒に歌ってくれますよね……?」
「え……えええ……? だって、女子二人ユニットって……」
新堂のこめかみを、冷や汗が伝う。
やばい。ミモザちゃんの目がマジだ。
「新堂さんなら髪も長いし、きっと女の子に見えますから」
「い、いやあ無理過ぎんだろっっっっっ!? 空っ!! アキちゃんっ!! 早く帰ってきてくれぇぇぇぇぇ!!!」
思わず叫んだ新堂が、はた。と何かに気付いた顔で動きを止める。
「……ていうかアキちゃん空の顔知らないんじゃないか?」
ぎくっ。と音が聞こえそうなほどあからさまに、ミモザが肩を揺らす。
俯いてしまったミモザの横に新堂はしゃがみこむと目深に被っていたキャップのつばを指先で上げながら、ミモザの顔をのぞいた。
「あれぇ……? ミモザさん……? 俺との約束はどうなってんすかね?」
「ぅぅ……。ご、ごめんなさい……」
半べそで謝るミモザに、新堂は苦笑する。
「いーよ。言ってみただけだから」
この子達の間に隠し事なんて、土台無理な話だ。
そんな事分かってたけど。と思いつつも、新堂は胸の内で続ける。
俺にも「言わないでほしい」という願いを無下にできない奴がいるんだよなぁ。
今頃盛大にテンパっているであろう、黒縁メガネのもさもさ頭が脳裏に浮かぶ。
「どーりで、顔合わせた時も『生徒会から付き添い』で全く不審がられなかったわけだよ」
納得したように呟いた新堂の言葉に、ミモザは少しだけ苦笑した。
「うーん。それは……、アキちゃんなら普通に納得しそうな気もしますけど……」
「ええー?」
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