6話 音と心(6/7)

アキは、地下通路から巨大ショッピングモールに入ったところで、空に初めての音声通話をかけていた。

駅から向かう道の途中で迷うとしたら、この辺のはずだ。

しかしモールの中は人で溢れていて、見渡すくらいでは見つけられそうにない。


……私からの電話に、空さんは出てくれるだろうか。

スマホに表示されている時計は、すでに集合時間を過ぎている。

今頃撮影が始まっているかも知れない。

私達の出番は五番目だ。

一刻も早く戻らないと、ミモザは不安でたまらないだろうな……。

「空さんお願い、電話に出て……っっ」


数コールの後、プツと微かな音がした。

「も、もしもし……」

ハッとアキは顔を上げる。

この空間に、確かに今耳元で聞こえたのと同じイケボの気配がある。

「空さんっ今どこに……」

「ええ、と、噴水がある所を通り過ぎたとこで……」

噴水!! それで声がはっきり聞こえなかったんだ。

噴水ならこっち……!!

アキは全力で走りながら告げる。

「『おはようございます』って言ってくださいっ」

「え……?」

「早くっ! 大きな声でっ!!」

「お、おはようございますっ!!」

ああ、聞き慣れたイケボだ。この声を私は絶対に聞き逃すはずがない。

声はこっちから!! アキは人混みの中で振り返る。

遥か遠くに、人の波に埋もれる空の姿があった。

まだずいぶん離れていて、空はこちらに気付かない。

アキは心の底から空を呼んだ。

「空さんっっっっ!! こっちですっ!!!」

アキの大きな大きな声に、切実な響きに、道ゆく人々が足を止めて何事かと振り返る。

皆の視線がアキに向かえば、そこに一本の道ができた。

真っ直ぐな道を、空が真っ直ぐアキの元へ走る。

アキは空の手を取ると、元来た道を駆け出した。

「あ、……の、僕……っ」

空が、上がる息の合間から何か伝えようとする。

「時間がないので、話は後です!」

アキは振り返らずに走る。

空は足の速いアキについていくので精一杯で、返事すらできずにいた。


地下道から抜ける階段を駆け上がり、開けた石畳を駆け抜けて、ようやくテレビ局へ続くエスカレーターに乗る。

階段もないエスカレーターは人がいっぱいで合間を抜けることもできそうにない。

そこでようやくアキは振り返った。

「空さん、私が歌うとこ、見ててくださいね!」

アキの顔は、これから歌う事への期待でキラキラしている。

空は、息をするので精一杯だったが、荒い息の合間からなんとかこれだけ伝えた。

「僕も、あの曲には……、僕の想いを、いっぱい……込めたから。アキさんに……歌って、ほしい……」

「任せてください!」

ぐっと力こぶを作るような仕草でアキが笑う。

やっぱり彼女はこんなに眩しい。

僕を見て彼女がどう思ったかなんて事は、もうすっかりどうでも良くなっていた。

「もう後ちょっと、走りますよーっ!」

言われて、空は震える膝に精一杯力を込める。

彼女は胸を張って前を向いて、僕を支えるように僕の手を握る手にぎゅっと力を込めた。


そうだ。

彼女は最初から、僕にそんなことを求めてはいなかったんだ。

気の利いた言葉とか、僕の姿とか、そんなことはどうでもよくて。


僕が彼女に渡すべきなのは、僕の心をいっぱい詰めた音だけで十分だったんだ。

彼女が好きだと言ってくれた僕の最高の音楽を、彼女に届けられればそれで。


それなら……それだけなら、僕はちゃんとできた。

この音楽は、今の僕にできる最高の仕上がりになっている。


心が何かでいっぱいになって、どこまでも走れそうな気分になる。


「空ーっ! 大丈夫かーっ!?」

「アキちゃーんっ早く早くぅーっ!」


微かな声に頭上を見上げれば、手すりから身を乗り出すようにして二人が手を振っていた。

「待っててーっ。今行くからーっ!!」

アキの大きな声に、周りの人達が片側に寄るようにして道を作る。

「あっ、ありがとーございますーっ。助かりますーーっ!」

アキは空の手を引いたまま、エスカレーターをぐんぐん駆け上がった。

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