4話 校内放送と作詞(2/9)
「それでも、嬉しいね。誰かがリクエストしてくれたのかな?」
「嬉しいって言うよりも、恥ずかしいよぅぅ……」
「ここ、このハモリがいいよね、私すっごく好きなんだ」
目を閉じてうっとりと体を揺らすアキの隣で、ミモザは両手で頭を抱えている。
「ううう……。この学校にあの曲聴いた人がいるってだけでも恥ずかしいのに……、こんな、全校生徒に聞かせないでぇぇぇ」
「まあまあ、かかっちゃったものは仕方ないって。私は、これを聞いた子達が空さんの曲を気に入ってくれたら嬉しいなぁ」
包み終わった弁当を手に、立ち上がったアキはもう一度中庭を見渡す。
「もぅ……アキちゃん見てると、恥ずかしがってる自分が馬鹿みたいな気がしてくるよぅ」
ミモザも弁当を手早く包むと、一緒に並んで立った。
「昼休みの、最後の曲に選んでくれたんだね」
アキが言えば、ミモザも同意する。
「ご飯が終わって、一番ゆっくり聞ける時間だよね」
音楽は二番が終わりつつある。この後は二人の大好きなハモリのある最後のサビだ。
教室に向かう道を歩きながら、アキが歌い始める。
普段から二人は昼の放送で好きな歌がかかるとよく一緒に歌っていた。
今日はそれがたまたま、自分達の歌だっただけだ。
ミモザもそう思い直すと、誰もいない廊下にそっと歌声を乗せた。
アキが振り返る。嬉しそうに微笑まれて、ミモザも嬉しくなる。
すっかり心のほぐれた二人のハモリは完璧だった。
「あはははっ、本番より良かったんじゃない?」
「やっぱり私はアキちゃんと一緒に歌う方が好き……」
「うんっ、私もっ」
「待ちたまえ!」
誰もいなかったはずの廊下に突如響き渡る、凛とした強い声。
突然かけられた声に、ミモザが悲鳴を上げる。
「ひゃぁぁっ」
「びっ……くりしたぁ……」
シルバーフレームの眼鏡をかけた男子生徒が、二人の背後から足早に近づいて来る。
「いや、失敬。貴女らを驚愕させてしまった事、ご容赦いただきたい」
アキはミモザを背に庇うようにして、じりっと距離をとる。
「……この人、いつの時代の人なの?」
「時代というか……」
アキに小声で問われて困った顔をしたミモザが、ハッと何かに気付いた顔をする。
「あ、この人――」
「貴女らは……、見れば見るほど、A4U(エースフォーユー)に酷似しているな」
「えっ?」
突然出された名前に驚きを隠せないアキ。ミモザは息を呑んだ。
「そ、そんなことないですよ?」
アキが慌ててバタバタと手を振ると、男子生徒は怪訝そうに眉を寄せた。
「……なぜわざわざ否定した?」
「えっ!?」
「人は、何かに似ていると言われた時、それに似たくないと思わない限り否定はしない」
「ええっ!?」
焦るアキの後ろで、ミモザが小さく頷く。
「確かにそうかも……」
「貴女らは……一年生か。何組だ」
一歩近付こうとした男子生徒に、アキが半ば叫ぶようにして言った。
「あっ、急いでるんだった! 行こっ!」
アキはミモザの手を取って走り出す。
「おい、待ちたまえっ!」
二人は止まることなく、名札を弁当箱で隠すようにしてその場から走り去る。
廊下に一人残された男子生徒はシルバーフレームの細い眼鏡をクイと上げる。メガネは怪しく反射し彼の表情を隠した。
「負い目のない者は、所属を尋ねた程度で逃げはしないものだが……?」
一方、アキとミモザは教室近くの女子トイレに逃げ込んでいた。
「ひゃー。びっくりしたぁぁぁ。あのインテリっぽいメガネの人何者なの!?」
「あの人は放送部の部長さんだよ。入学からずっと成績トップで凄く頭いいんだって」
「インテリっぽいんじゃなくて、正真正銘のインテリか……。って、何でそんなこと知ってるの?」
「三門ちゃんが放送部だから、時々クラスに呼びに来てるのを見たことがあって……」
「あー。ミカちゃん今放送部なんだ。……ん? 放送部……ってさっき曲をかけてくれてた……?」
「うん」
「それってつまり、私達のファンってこと?」
「そ、それは分かんないけど……。って、アキちゃんなんでそんなにポジティブなのぅ?」
「あはは、ちょーっと自意識過剰だったかなー?」
「やだもぅー」
クスクスとかわいらしく笑ったミモザが、ふっと視線を落とす。
「……でも、このままあの曲が有名になっちゃったら、こういう事がまたあったりするのかな……」
アキ達の中学は学年ごとに上履きとリボン、ネクタイの色が分かれている。
今年は一年が赤、二年が青、三年が緑だ。そのため学年は一目瞭然だった。
クラスは各学年共に五クラスずつあり、生徒数はそこそこいるものの、顔を見られてしまった以上特定できないという事はないだろう。
「……あの部長さん、また来ると思う?」
アキが尋ねれば、ミモザは不安げに俯いた。
「どうだろう……目的次第、かなぁ」
「目的かぁ……。部長さんは少なくともA4Uの動画をよく見てくれてるってことだよね。じゃなきゃあんな事言えないし」
「そうだね。同じ学校に私達の動画を見てる人……いるんだね……」
アキは小さく震えるミモザの肩をぽんと叩いてにっこり笑う。
「じゃあ次までに、サインの練習しておかなきゃだねっ」
「えっ、そっち!?」
「私もミモザのためにもできるだけ誤魔化すつもりだけど、どうしてもバレちゃった時には、ファンサービスして内緒にしててもらわなきゃっ」
「な、なるほど……」
ミモザが、考えもしなかったという顔でポカンとアキを見る。
「私は将来的には顔バレしてもいいと思ってるけど、ミモザはまだそんな風には思えないでしょ? だから、少なくとも中学生のうちはバレないように、私もできるだけ気をつけるよ」
アキがグッと力こぶを作るようなポーズで笑って言えば、ミモザにはとても心強く思える。
「ありがと……アキちゃん」
ふわりと花のように微笑むミモザを、アキもまた絶対に守り抜こうと決意を固めた。
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