2話 歌と声(7/8)

昼休みに空さんにDMの返事を送ると、あの曲は放課後にはにゃーちゅーぶに投稿されていた。

空さんの学校もスマホが持ち込みできるんだろうか。

いや、高校生なら皆学校にスマホくらい持っていけるのかな。

それとも、今日は学校をお休みしてたとか?

学校が違えば、創立記念日とかの可能性もあるよね。

……空さんって、どんな人なのかなぁ……。


「えっ、空さんにRINEを聞いてみたい!?」

私の言葉を、ミモザは丁寧にも繰り返した。

いつもの放課後。いつもの勝手知ったるミモザの部屋で。

「今の、トイッターのDMでのやり取りで十分じゃない?」

ミモザの声には不安が滲んでいる。

「そうなんだけど、会話にスタンプが使えたらいいなと思って」

RINEというのは利用者の非常に多い通話アプリで、音声通話やビデオ通話もできるし、文字チャットでは数えきれないほど沢山のスタンプ……イラストメッセージが使える。

私の言葉にミモザは「うーん……」と呟いて、ゆるく握った拳を顎に当てた。

これはミモザが真剣に考えている時の仕草だ。

私が差し出している、私と空さんとのDMログを上から下まで確認したミモザは「確かにねぇ……」と吐き出すように言った。


空さんは悪い人ではないんだけど、残念なことに会話が全く弾まない。

作業するにあたって最低限必要な内容までは話してくれるけど、それだけだ。

長文感想が欲しいとまでは言わないけれど、もう少しこう、感情が垣間見えるリアクションが欲しい。

私はもっと空さんのことを知りたいし、できれば空さんと仲良くなりたいと思っているんだけど、そもそも空さんがその辺をどうしたいのかもわからない。

スタンプが使えれば、シンプルな空さんの発言からも、もうちょっとニュアンスが掴めそうな気がするんだよね。


「うーん。RINEがダメとは言わないけど……、身バレしそうな情報はダメだよ? 地震だとか雷だとか夕立だとかもダメ。住んでる地域が絞られるからね?」

「えっ、そうなの!?」

「そうなの。アキちゃん時々トイッターでも雷だーとか地震だーって言う事あるけど、あれはやめた方がいいよ」

「はーい……」

えー……。そんなことまで住所特定に繋がるのか……。考えてもいなかった。今度から気をつけようっと。

「……あとは……、……もしかしたら、空さんは私みたいにスマホとかRINEを持ってないかも知れないけど……」

「大丈夫。断られても平気だから」

にっこり笑って言えば、ミモザは「余計なお世話だったね」と苦笑した。

「全然余計じゃないよ。ミモザがそうやって気遣ってくれるおかげで、私が『平気だ』って思えるんだからね」

グッと握り締めたスマホからポコッと軽い通知音が鳴る。

「あ、またコメントきてる」

「どんなの?」

ミモザは少しだけ心配そうだ。通知が来たのがこの人でよかった。

「あのすっごいテンションの人」

笑って答えれば、ミモザもホッとしたように笑って「見たい見たい」と私のスマホを覗き込んだ。

この人はあの曲からA4U(エースフォーユー)のファンになってくれた人みたいで、毎日いくつかずつ動画を見ては、そのひとつひとつにめちゃくちゃ絵文字たっぷりのハイテンションなコメントをくれていた。


曲が公開されてから一週間。私達が歌った曲の再生回数は日を追うごとにどんどん伸びていった。


それに引っ張られるように、私たちの他の動画も新旧問わず再生数が伸びている。

「ちょっと、あんまりにあんまりなのは消したい……」とミモザが言うので、昨日まで丸三日かけて今までの投稿動画を全部整理したところだ。

ミモザはお菓子動画のパッケージの反射による写り込みまで細かくチェックして、私達が顔バレしないよう十分気遣ってくれていた。


いやあ結構映ってたね。ポテチのパッケージの裏とかそういうキラキラ面に、私達の顔が。あと食器に窓の外が映ってる動画もあって、それも編集した。


そんなわけで今日は久々の、新作動画の撮影なんだよね。

チャンネルの登録者数は投稿で300人超えをお祝いしたばかりだったのに、もう500人を超えていた。

私としてはお祝いしたくなっちゃうんだけど、登録者数の勢いが落ち着くまでは『いつもどおり』の動画を撮ろうとミモザが言うので、今日はいつもの新作お菓子レビューだ。

あー……。でもなんか、今までよりずっとたくさんの人に見てもらえると思ったら緊張しちゃうな。

隣を見れば、いつものテーブルをいつものように拭いてお皿を並べるミモザも、どこか緊張した表情をしていた。

んー……? これはまずいかも?

と思ってから、まあ生配信ってことでもないんだし、失敗した時は美味しくお菓子を食べて帰ればいいか。と思い直す。


「じゃあ録画するよー。いい?」

私は、ミモザが頷くのを確認してスマホの録画ボタンを押した。

「録画スタートっ」


「皆さんこんにちはー」

「こんにちは、A4U(エースフォーユー)です」

「前の投稿からちょっと間が空いちゃいましたが、今までの動画の整理をしてました。いやー、意外とたくさん撮ってたねー」

「うん。52本あったからね」

「それを整理して、今30本くらいになりました」

「これが33本目だね」


やっぱりちょっとミモザの笑顔が固い。

顔は映ってないけど、声も一緒に固くなっちゃってる。


「今回はこちらっ『素材の美味しさいただきます』シリーズの新作、サクサク栗のチョコモンブラン味を買ってみましたー」

「…………あ、栗とチョコって相性がいいよね」

「うんうんっ、栗とクリームとチョコ。これは間違いないよねっ」

「えっと、素材の味を生かした栗に、チョコクリームパウダーがかきゃって……か、かかってるんだって」

あちゃ。ミモザ噛んじゃった。立て直せるかな?

あああ、真っ赤になって、泣きそうな顔になってる……。

ここは私がパッケージを読んでフォローだ。

「えーと、パッケージはこんな感じですー。サクサクの栗にたっぷりのふわふわチョコクリームパウダー。いいですねー。美味しそうでたまりません! メーカーはホルミーさんですねー。コンビニ限定の商品でーす。発売日は……えーと、いつだっけ?」

「発売は先週だね」

良かった、ミモザも持ち直したみたいだ。

「じゃあ開けてみまーすっ」

ミモザの出してくれたお皿にザラザラと出す。

「栗そのものを加工してあるので、かたちは様々ですね」

ミモザの声も落ち着いてきてる。よかった。


栗は甘くて、サクサクで、チョコと最高に合ってて、録音中に全部食べてしまう美味しさだった。

「あー。もうちょっと食べたいーっ」

「そのくらいが美味しいのよね」

「あはは、この会話前にもやったよね」


それから私達は動画をざっくり編集して、投稿した。

玄関まで送ってくれたミモザに、いつものように「また明日学校でね」と手を振って別れる。


秋の夜空は澄み切っていて、私は星空を眺めてちょっといい気分になる。

途端、スマホから通知音が鳴った。

最初についたコメントはアンチコメだった。

ミモザの家を出てからでよかった……。

もう通知音は鳴らないようにしておこうかと、私は一人きりの帰り道でにゃーちゅーぶの設定画面を開いた。

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