2話 歌と声(6/8)

靴を脱いで、靴箱にしまう。上履きを下ろした時には耳まで真っ赤だった。

……か、会長さん、私の事……、覚えてくれてたんだ……??

『おはようございます』も心なしか優しかったのに、あの優しげな囁きボイスで『今日は早いね』なんて……、そんなっっスペシャルボイスっっ!!

あああ、こんな事ならスマホで録音しながら通ればよかった!!


いやいや、だめよアキさん、それは盗み録りと言うものだわ。れっきとした犯罪よ……。

いやでも、私に向かって話しかけてくれた言葉なら、個人で楽しむ範囲内ならいいのでは……?(※事前承諾のない録音行為は犯罪です)

「アキちゃん?」

「ひゃぁぁっ、まだしてませんっっ!」

急に声をかけられて慌てて振り返れば、ミモザだった。

「……何を?」

不審そうに見つめられて、真っ赤なままで引き攣り笑いを返す。

「は、犯罪行為を……」

「……アキちゃん???」

というか、ミモザまだ来てなかったんだね。

私はよっぽど早く学校に着けたみたいだ。

「アキちゃんが私より早いなんて珍しいと思ったら……、一体何をしようとしてるの?」

「い、いやいや誤解だよ。私は何も……」

そこまでで、当初の目的を思い出す。

「じゃない! 空さんから曲が届いたのっ、聞いて聞いてっっ!!」

「えっ、ほんと!?」

二人でバタバタとミモザの教室へと駆け込む。


ミモザの席で、私のスマホで再生した曲をイヤホンで聞いてもらう。

どうかな? すごいでしょ? すごいよね?

色々聴きたいけど、聴き終わるまで我慢我慢。

ミモザは目を閉じて、両手で両耳を押さえて静かに聞き入っている。

しんと静まり返った朝の教室には、まだ私とミモザしか来ていない。

スマホに表示されている曲の進行状況バーを見ながら、あと何分、あと何秒……とひたすら数えて、曲が終わったところでようやくミモザが目を開いた。

じわり。とミモザの瞳に涙が溜まっている。

あ。ええとハンカチ……。は、持ってきてなかった。

今日は朝から何を置いても学校に来てしまったんだった。

そういえば今更だけど、今日も書記の新堂さん、私に寝癖ついてるって言ってなかった?

私だったら他人の後頭部なんていちいち見ないんだけどなぁ。

ミモザはシワひとつない自分のハンカチを取り出すと、すっと目頭を押さえる。

朝の清らかな光が差し込む窓際の席で、その姿はまるで一枚の絵画のようだ。

……うーん。ミモザは何をしてても絵になるなぁ……。


「ほわぁぁ……すごぅい……」

「ねっ、凄いよねっっ!?」

ミモザがため息と同時に吐き出した感想に、すかさず食いつく。

「私……、もう、今日が命日でもいい……」

「ちょっ、死なないでよミモザっっ」

「学校ではそう呼ばない約束だよぅ?」

「あっ。そうだった。ごめんごめん」

今は周りに人がいないからか、それともまだ感動中なのか、ミモザの指摘はいつもより優しい。

「空さん、私たちの歌なんて言ってた?」

「素敵な歌声をありがとうございますって書いてあったよ。あとにゃーちゅーぶにアップしてもいいですか? だって。いいよね?」

私は空さんからもらったDMを開いてミモザに見せる。

「う、うん……。でもなんかこれ、素敵になりすぎてて詐欺っぽくない?」

ミモザの言葉に思わずふき出す。

「何の詐欺なの」

「え、うーん。歌声詐欺……?」

「あはは。確かにこれだけ聞いたらすっごく綺麗な人が歌ってそうな気はするかも?」

私が笑って答えると、ミモザは真剣な表情で言う。

「これを聞いた人が私達の動画を見に来て、がっかりしちゃうんじゃないかなぁ……」

「今度はそんな心配?」

「うん……」

「大丈夫大丈夫。歌ってる私達も、喋ってる私達も、全部本物なんだから」

「それは、そうなんだけどぅ……」

そんなことを話しているうちに、いつの間にかクラスは人でいっぱいになってきた。

廊下からは、ズシンズシンとわざと音を立てて近付いてくる足音。

これはきっと田中先生だ。

「皆ー、席につけー。校内でスマホ出してるやつ没収するぞー」

ガラッと大きな音で戸を開けて、田中先生が注意をしながらクラスを見回す。

この時点で何人かはスマホを持ってる感じなんだけど、田中先生は何も言わない。

「こら暁、自分のクラスに帰れ!」

あ。そうだった。

「じゃね」

短く声をかけて、私は反対の扉から自分のクラスに戻った。

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