2話 歌と声(5/8)
……あれ、この曲は、空さんの……。
いつまでもここで微睡んでいたい。そんな夢の中から、優しい音にそっと手を引かれるように少しずつ現実に引き戻されてゆく。
あ。朝だ。
手探りでスマホを見つけて引き寄せれば、画面には『6:17』の文字。
いつもは6時にアラームをかけても、覚醒までにたっぷり一時間以上はかかってしまうのに。昨夜アラーム音を空さんの音楽に変えたおかげだろうか。
それとも……。
『お疲れ様。明日はもう少し早く来れるといいね』
会長の囁くような低音ボイスが脳内で蘇った途端、頭までしっかり血が上る。
よ、よしっ。今日は余裕で登校するぞーっ。
あっ。鏡もしっかり見て行かないと。また書記の人……えっと、新堂さんだっけ。にツッコミ入れられてしまう。
あの人は朝から相当鏡の前で時間かけてそうだよねぇ。
無造作ヘアっぽく見せてはいるけど、あれ絶対ワックスとか使ってるよ。
だってあの人風の強い日にすら髪がぐちゃってるとこ見たことないもん。ポケットに手鏡とか入ってそうだよね。マメに見てそう。
眉とかもいつも綺麗に整えてて、常にそのまま顔の私とは住む次元が違う感じがする。
……そんな人が、言っちゃなんだけど見た目がモサくて真面目だけが取り柄みたいな感じの会長と仲が良いってのもちょっと不思議な気はするんだけどね。
幼馴染とか……なのかな?
おっと。せっかく早起きできたのに、余計なこと考えてる場合じゃなかった。
あ。昨日の動画、いっぱい見てもらえてるみたい。
やっぱり、冬季限定チョコって気になるよねー。
ん? DM来てる……?
「!?」
私はガバッと布団から跳ね起きた。
「もうミックスしてくれたんだ!? 仕事早っっ!!!」
添えられたURLから音楽ファイルをダウンロードする。
その間に布団をざっと片付けて、制服のかかるハンガーに手を伸ばす。ダウンロードしたファイルを開いて再生ボタンをタップ。
音楽を聴きながら着替えようなんて思ってたんだけど、甘かった。
結局私はそのまま、制服を握って突っ立ったまま、空さんの曲を最後まで聴いた。
「……すごい……」
……えぇ……。
あれが、こうなる……!?!?
まるで私じゃないみたい。
ううん。私の声なのは間違い無いんだけど、なんかこう……なんて言うの? エコーとかかかったりして、完全にプロみたいになってるっ!!
えーっ、私ってこんな上手かったっけ!? みたいな、なんかちょっと魔法にでもかかってるような気分だ。
これって、他の人の耳にもこんなに素敵に聞こえてるんだよね??
私だけって事じゃないよね……?
「うわーっ!! すごいすごいすごい!! ミモザにも聞かせなきゃ!!!」
「明希ー。起きてるのー? ご飯食べに来なさーい」
私の叫び声が聞こえたのか、一階からお母さんが声をかけてくる。
「今行くーっ」
答えて、大慌てで着替える。
時計を見れば、もう7時が近づいていた。
もうこの時間じゃミモザのパソコンにメールをしても気付いてもらえない可能性の方が高い。
それより私が一分一秒でも早く学校に行く方が、確実にミモザに聞かせられる。
ああもうっ、一刻も早く聞いてほしい!!
はやる気持ちを必死でおさえながら、ご飯をかきこむ。
「よく噛んで食べなさいよー」
母の小言に「はーい」と答えれば、食卓の向かいに座る弟妹が不思議なものでも見るような視線を向けているのに気付く。
「ねーちゃんがこの時間にご飯食べてるとか珍しい……」
「ん、私時計二度見した」
何やら失礼な事を言ってるけど、普段が普段なので仕方ないか……。
鏡を覗けば今日も寝癖は酷かったが、こんなのチマチマ直してる暇はない。
時間に正確な双子達と一緒に家を出た私は、弟妹達と別れたところから走り始めた。
朝の空気が気持ちいい。
小走りのまま坂に突入した頃には体はしっとりと汗ばんでいたけれど、見上げた先に中学校の校舎が見えれば疲れた体に気合が漲る。
あそこにミモザがいる。ミモザにこの曲を早く届けたい。
なんて言うだろう。どんな顔をするかな。
きっとすごく感動して、下手したら泣いちゃうかも知れない。
授業の前にそれは困るかな。
ああでも早く聞いてほしい。
夢中で坂を駆け上れば、もう生徒会長のイケボが届いてきた。
「おはようございます」
ああ、今朝も会長のイケボは絶好調ですね。
ほんの少しだけ掠れた、甘く優しい低音ボイス。
この声が、しかも真面目で優しい言葉を発するなんて、会長は世界の宝ですね。
見上げれば、正門の前ではまた書記の新堂さんが会長に何やら話しかけているようだったけど、ここからでは小さな声は聞き取れない。
「……なあ、あの子って運動部なのか?」
「いや、運動部なら朝練でもっと早く来ると思うよ」
「よく毎朝この坂ダッシュできるよなぁ。俺歩いてくるだけで息切れるんだけど」
「新堂は運動不足だよ」
「お前だって似たよーなもんだろ?」
「僕は姿勢良くしてるから」
「姿勢だけでそんな変わるか?」
「気になるなら、新堂もやってみればいいよ」
「んー……。確かに描いてる時は大抵背中丸めてっからなぁ。猫背気味なのは気になるとこだけど……」
「ほら、来たよ。姿勢正して」
え? 会長達って、生徒が来ると姿勢良くしてるの!?
なにそれ真面目っっ!!
いやむしろ真面目通り越して健気なくらいの領域じゃない!?
会話は最後の方しか聞き取れなかったけど、どうやら会長達は生徒達の前で意識的にピッと立ってるらしい。
うう、池川会長のお心が素晴らしい……。尊すぎて後光が差しそうだ。
前の生徒会長もそうだったっけ? うーん……? 思い出せない。
とにかく今は挨拶を……。
私は、会長達も元気が出るようにと願いを込めて、お腹から声を出す。
「おはようございまぁぁすっ!!」
「おはようございます。今日は早いね」
え?
「お、おはよ……。つか声でかいな……。あっ。今日も寝癖ついてんぞーっ」
書記さんの苦情を背中で聞きながら、私は門を走り抜ける。
「あんだけ坂を走ってきといて、ここでこの声が出せるってすげーな」
「うん」
「お前も急にあの音量で、よく驚かなかったな」
「彼女、挨拶の前に息を吸ってたよ」
「……そんなの気付くか……?」
「息を吸う音も……。吸い方も、声の出し方も、本当にすごく似てる……」
「そっか? 俺はそんなの聞き分けらんねーから何とも言えねーけどさ。気になるなら聞いてみればいーんじゃねーの?」
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