第103話
新学期が始まってしまった。
結局、カンファレンスでのテロ騒動のせいで思い描いていた夏休みダンジョン満喫ライフは送れなかった煉の機嫌はかなり悪い。
元々、有名人ではあったがこの夏休みで世界でも知らない人が少ない超有名人となったクラスメートに皆、興味津々ではあったがそんな状況のため話し掛ける者はいなかった。
その代わり、クラス内でほぼ唯一、煉と交流があると言って過言ではない優弥の元に人が集まっていた。
「神埼は何であんなに不機嫌なの?」
「夏休みに立ててた予定の半分以下くらいしかダンジョンに潜れなかったからだね」
「優弥くんって編集とかしてるんだよね?ドリーちゃんとかにも会ったことあるの?」
「ないね。データだけ貰ったからね」
「じゃあさ――」
矢継ぎ早に質問をしてくるクラスメートに対してしっかりと対応する優弥。内心では面倒に感じつつも煉の事が聞きたい心境も理解できる。また無下に扱って煉に質問をしに行く蛮勇の持ち主がいると困る。
煉は確かに夏休みにダンジョンを満喫出来なかったことを残念に思っている。しかしこれは結局は煉自身が選択した結果である。煉自身がダンジョン探索よりも主人たちの対策やドリーの要望に応えることを選んだのだ。その原因の主人たちへの静かな怒りはあれど、それを前面に押し出すことはしない。それをすれば我が儘を言ったドリーは気にしてしまうだろうからだ。
ではなぜ煉は、誰からも分かるほど気分を害しているかと言えば、ドリーが出演した動画を見た幾つかの団体から届いたメッセージの内容が原因であった。
メッセージを見た煉の反応を思い出していると、煉の元に近付いていく人がいた。このクラスの担任である。
「...あ、神埼。始業式の前に校長先生たちがお前に話があるそうだ。ちょっと来てくれるか?」
「はあ...分かりました」
式の前の急な呼び出しに嫌な予感のする優弥。
その嫌な予感は的中することとなる。
―――――――――――――――
煉は苛立っていた。
切欠はドリーの薬草採取動画を投稿した後に来た幾つかのメッセージでの要求にある。メッセージを送ってきた者たちは所謂、『難病支援』や『障害者支援』を掲げる団体であり、彼らからの要求は動画の内容からある程度予想していたが『霊草』や『神草』の寄付であった。
昔はそういった重要なアイテム類は探索者協会ないし日本政府に没収されていた。しかし近年、探索者有利なシステムとなり始めてからは、 高位のポーションや霊薬を探索者が所有する機会は増えた。しかしそう言った重要アイテムは高位の探索者でも狙って手に入れられる類いのモノではないため、手に入れられた探索者が市場に流すということはあまりしなかった。するとすれば一般の探索者が持っていても扱いに困る『霊草』が出回るくらいであった。その『霊草』の値段も家が買えるほどであり、そんな代物を寄付しろという厚かましい団体はこれまであまりいなかった。
「我が高校と縁が深い民民党の瀬文先生のご子息が運営なされている『難病支援者の会』から、寄付の打診の件でお話があるとのことで――」
しかしあの動画を見た人はこう思ったのだ。
【ドリーならば簡単に『霊草』や『神草』を採取できる。それなら寄付して貰おう】
それは間違いではないだろう。ドリーからすれば『霊草』や『神草』の採取の難易度は低い。煉がこの話を彼女にすれば、特に何の対価も求めず必要な分の『霊草』『神草』を用意してしまうだろう。
それはドリーが『理想郷計画』で『慈悲』によって薬壺として扱われていた過去と、本質的に変わらないように感じた。
「それで今日の始業式で大々的に――」
「申し訳ありませんが、今回来た如何なる話も受ける気はありませんので」
「話を断る。寄付は嫌ですか?」
「寄付がということではありません。今のところ『霊草』の売買の話も断っています」
「それはなぜか聞いてもよろしいですか?」
「ドリーにとって薬草の採取はそんなに安っぽいものじゃないので。すみませんが校長先生の方で断っていただくと助かります」
「...分かりました。残念ですがそうしておきます」
「ありがとうございます。それでは」
煉は校長室を後にする。その時、煉の頭の中には薬草を採取する際にドリーが発していた言葉が反芻されていた。
「ダンジョンで生まれたこの子たちにとって採取されて素材になるってことは集大成なの。だから丁寧に採取して丁寧に保存してあげなきゃなの」
植物と意志疎通できるドリーにとっての採取は重みが違うのだ。その重みを踏みにじる行為を煉がすれば、それは『慈悲』によるリスクを無視してドリーを道具として扱った『理想郷計画』と同種に堕ちることを意味するように煉には思えるのだ。
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