第51話 総帥蟻

 ボス部屋に存在する蟻は今までよりも格段に少なく10匹程度しかいない。しかし1匹1匹が放つオーラは圧倒的であり、前の階層の蟻とは比べ物にならない程であった。


「『不動明王』、『大威徳明王』煉坊! 手筈通り女王を」

「『聖槍ロンギヌス』頼むけぇ!」


 3人はボス部屋の前で立てた作戦通り2人と1人に別れる。獣太と虎太郎が護衛蟻を引き受け、その隙に煉が『蟲の女王』を殺す算段である。

 『蟲の女王』が出す命令の中に『帰還命令』があり、ぐずぐずしているとダンジョン内部の蟻どもがボス部屋まで押し寄せて来てしまう危険性がある。『帰還命令』は基本的に護衛の蟻が少なくなってきた場合に発するので、先に取り巻きを倒すというボス討伐の割りとポピュラーな討伐方法が取れないため考えた策である。


「一気に…とはいかないかっ!」

「ギィィィィ!」


 ただ獣太の『不動明王』でも全ての蟻を引き付けることは出来なかった。とびきり強力な蟻が女王の護衛に残ってしまった。これが所謂軍団長、総帥蟻とでも言うべき蟻である。


「『暴食』でも喰えない魔力抵抗にスピードもパワーも桁が違う。これが現時点の最高傑作か」

「ギィィギィ」


 直感的にこの蟻を踏襲した次世代が産み出されたら不味いことが分かる。10匹の蟻相手に特級探索者2人が後先考えず全力でやや押され気味。この更に上位の蟻が産み出されれば攻略が困難になってしまう。


「次元流剣術にも抵抗しそうだな。なら我慢比べだ『魔力喰い』」

「ギィィ!」


 煉が選択したのは耐久戦であった。総帥蟻が抵抗出来なくなるまで『魔力喰い』で魔力を減らす作戦をとる。


「ふむ。『魔力喰い』は通るか。攻撃も単調」

「ギィィィィィ!!」

「『本能覚醒』の悪影響か? 力押しが目立つ」


 能力値的には『本能覚醒』のバフを抜きにしても凄まじいモノがあるし、『本能覚醒』の影響でその値は圧倒的になっているだろう。煉よりも遥かに上の数値である。ただここまでの特級モンスターであれば『本能覚醒』による思考の放棄は、致命的なデメリットとなる。


「『本能覚醒』による数値的なメリットを打ち消して余りあるなこれは」

「ギィィィィィ!!!」


 『魔力喰い』により魔力を失い、徐々に自身の装甲が脆くなっていることに気が付く様子もない。煉が少しでも女王の元に行こうとすれば、形振り構わず止めに来るためフェイントが思い通りに入る。本来の総帥蟻であればもっと洗練された動きで自分を追い詰めたであろうと、想像できてしまうだけに残念に感じる煉は、総帥蟻にも『本能覚醒』を掛けた張本人を睨む。

 蟻の表情は煉には分からないが、魔力の揺らぎから動揺しているのが理解できる。自身の最高傑作が何もできずにボロボロになっていくのが信じられないのだろう。


「さてそろそろ止め…と来たか!」

「ギェェェェェェェ!!」


 蟻たちに『本能覚醒』を付与したスキルを女王が発動する。それを煉はずっと警戒していた。一度食らい自身も使うようになったため、精神操作系のスキルが発動される兆候は察知できた。そのためグラルに喰わせようとする。しかし


「うっお! 弾かれた? 何だこのスキル」

「ギェェェェ!!!」


 『暴食』が女王が発動したスキルを喰らおうとした際、まるで反発するような衝撃を受け後ろに飛ばされた。驚いた煉であったが、女王の魔力も揺らぎまくっていた。女王からしても予想外の事態なのだろう。


「なら!」

「ギィィィィィ!!!」

「邪魔!」

「ギ、ギィ…」


 煉は女王に向かって一直線に駆け出す。女王の必殺を喰えなかったのは衝撃だが、煉も効果を受けなかった。ならば不安要素はなくなったと言える。チラッと獣太たちを確認すればかなり疲労が見てとれる。早めに終わらせられるならそうすべきだろう。

 総帥蟻が本能から女王を守るため、煉の前に立ち塞がろうとするが一蹴される。もう頼れるモノを失った女王は最後の抵抗にスキルを発動するが、不意打ちでもない攻撃に当たる余地は無い。


「『暴食』って! やっぱり弾かれる。グラルにも好き嫌いがあるのか」

「ギェェェ!」

「終わりだ。『空絶』」


 『蟲の女王』の最後の抵抗は煉を少し仰け反らせる程度で終わるのだった。

 『蟲の女王』が絶命すると同時に獣太たちが戦っていた蟻たちも限界を向かえるかのように力尽きた。後には女王たちの死骸とドロップ品であるスキルオーブのみが残されていたのだった。

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