【加筆修正】それが、彼女の願いなら…。

三愛紫月

あの日の私を…。

あの日、青が死んだ。


「事故だったって……」

「へーー。よかったな」


俺達は、そう言って小さな声で話しをしていた。


今まで、人が死んだ事をこんなにも喜んだ事があっただろうか?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


一年前ーー


「めちゃくちゃ久々だねーー」

「相変わらず綺麗だね」

「そんな事ないよ」


俺達のマドンナだった桜井里緒菜さくらいりおなは、相変わらずの美貌を兼ね備えたまま俺達の前に現れた。


「結婚したんだよね?」

「まだ、婚約中だよ」


30歳になった彼女に再会する事になったのは、SNSに送られてきたDMだった。


俺の名前は、萩野一樹はぎのかずき

で、隣にいるのが木野祥介きのしょうすけ


「とりあえず、乾杯しようか?」

「だなーー」

「はい」


俺達は、駅前の居酒屋にやってきていた。


ビールを飲んで、食事をして、思い出話に、花を咲かせる。


「えっ?」


店内のお客さんが、俺達だけになった時、里緒菜ちゃんが言った言葉に俺達は、驚いていた。


「だから……お願いします。青川英樹あおかわひできを殺して下さい」


里緒菜ちゃんは、もう一度ハッキリと俺達にそう伝えてくる。


「ちょっと待って!いきなり……何で?」


俺は、動揺しながら里緒菜ちゃんに尋ねていた。


「私は……彼が死んでくれないと幸せになれない…」


里緒菜ちゃんは、小さく呟いてから俺達にスマホのメッセージを見せてくる。


「これって、ドカンじゃん」

「そうだ!ドカンだ」


ドカンとは、増井ますいわのか。縦にも横にも大きいから、あだ名はドカンだった。


「待って、待って!青って、ドカンと付き合ってたの?」

「見せて!うわーー、マジだな」


俺と祥介は、里緒菜ちゃんが見せてくれたメッセージの内容と写真に固まっていた。


「里緒菜ちゃんじゃなくて、ドカンかーー」

「やべーーな」

「青君と付き合いたいわけじゃない」

「うん」

「ただ、あの日の私を殺して欲しいの?」


里緒菜ちゃんは、泣いている。


「今の人と結婚する為にって事?」

「はい」

「青が死んだら、里緒菜ちゃんは前を向けるの?」

「はい」


その言葉に、俺と祥介は協力すると約束した。


「いいの?」

「いいよ」

「だけど……」


里緒菜ちゃんの言葉に俺と祥介は、頷いていた。


俺達が協力を決めたのは、里緒菜ちゃんを傷つけたからだ。


青は、昔から里緒菜ちゃんを傷つけた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


13年前ー


ザァー、ザァー


「何だって?里緒菜ちゃんどこ?」

『一樹君、私、汚れちゃった』

「里緒菜ちゃん、だからどこ?」


俺と祥介は、大雨の中、里緒菜ちゃんを探した。


「いたいた」

「雨、濡れるよ」


学校近くのコンビニの駐車場で里緒菜ちゃんを見つけた。


ずぶ濡れの里緒菜ちゃんに大きな傘を差し出した。


里緒菜ちゃんが濡れないように…。


「何かあった?」


俺と祥介の言葉に、里緒菜ちゃんは泣き出した。


鹿野かの君がね。青君は、初めての女が嫌いだって言ったの」

「うん」

「それで、みなみが鹿野君の家に昨日行こうって言うから行ったらね」

「うん」

「私、汚れちゃった」


里緒菜ちゃんの言葉に、俺と祥介は里緒菜ちゃんに何が起きたかを全て理解した。


次の日、俺達は青と話した。


「青、初めてが嫌いって?」


「ああ、そうそう。鹿野に言ったんだよ!俺、無理だわーって」


「ふざけんなよ」


「何だよ!一樹」


「青、最低だな」


俺は、青を殴りたくなる気持ちを押さえた。


「何だよ!一樹」


俺は、青を睨み付ける。


「里緒菜の事か?可愛いだけで、ないよな!色々、重たそう」


「本気で言ってんのか?」


「本気だよ」


俺は、チッと舌打ちして青から離れた。


「行こう、祥介」


「うん」


俺達は、そう言って青と行動をあまり共にしなくなった。


「ねぇねぇ、里緒菜ちゃん。これさ…」


ある日、青が里緒菜ちゃんに近づいてるのを見た。


「里緒菜ちゃんって、何の香水つけてんの?めっちゃいい匂いじゃん」


俺と祥介は、わざとらしく二人に近づいた。


「青、何してんの?」


「何って、里緒菜ちゃんと話してるんだよねー」


「はい」


里緒菜ちゃんは、耳まで真っ赤にしながら頷いていた。


里緒菜ちゃんに青が期待させるような言動や態度を何度も俺と祥介は、目撃していた。


「青、里緒菜ちゃんと付き合う気あんのか?」


「あるわけないけど」


平然とそう言った青を殴りたくなってやめる。


「じゃあ、何で期待させるんだよ」


「別に、期待させてないけど」


「させてるだろ?どう考えたって」


「させてないって…」


俺と祥介は、里緒菜ちゃんが次の恋愛に進めないのをずっと気づいていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


あれから、10年が経ち。


目の前にいる里緒菜ちゃんの薬指には、それなりのダイヤモンドの婚約指輪がはめられてるのを見た俺は、心底ホッとしていた。


「里緒菜ちゃんは、やっと前に進めたの?」


「二年前まで、引きずってた」


「そう」


「青君、街で会ったら声かけてきて…。私においで話そうって言うの」


「うん」


「そんな事を繰り返されて、私は前にも後ろにもいけなくて。ずっと…」


「うん」


「だけど、やっと前に進める筈だったの…」


そう言って、里緒菜ちゃんは目を伏せていた。


「そしたらドカンから、連絡が来たの?」


「うん」


「青と付き合ったって?」


「うん。三ヶ月だけど…。青君が愛してるって言ってくれたって」


「里緒菜ちゃんは、その言葉にまた苦しめられた?」


「だって、青君。私を見つけたら、いつも話そうって言って呼ぶんだよ。そして、ずっと話してたら時々、髪の毛にホコリついてたってさわってきたり…。キスするぐらい近くに近づいてきたり…。そんな風にするから、私。青君から離れられなかった。ずっと…」


「そっか…わかった」


俺と祥介は、顔を見合わせていた。


「あのさ、あいつ、また再婚したっけ?」


「いや、バツ2のままのはず」


「そっか」


里緒菜ちゃんは、俺達のやり取りを聞いて、一つだけと言った。


「何?」


………。


「わかった」


俺達は、里緒菜ちゃんの望みを受け取った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「久々だな、一樹、祥介」


「うん」


「久しぶり」


俺と祥介は、青を居酒屋に呼んでいた。


「青って、ドカンと付き合ってたんだよな」


ビールが到着して、俺は笑って青にそう言った。


「誰から聞いた?」


青は、イライラしながら煙草に火をつける。


「誰からだったかなー?」


「わかんねーけど。皆、結構知ってるよなー」


「そうそう」


「よりに寄って、ドカンかー」


ダンっ、青は、突然、机を叩いた。


「どうした?」


「やめろ」


「何が?」


「俺が、ドカンと付き合ったって誰にも言うなよ」


「何で?いいじゃん。別に…。俺等は、ドカン嫌いじゃなかったよ」


大嫌いだったよ!


ドカンが里緒菜ちゃんの悪口言いふらしてるの聞いた日から…。


「それでも、やめろ」


「何で?」


「あれは、ただの…」


青がそこまで言った瞬間、里緒菜ちゃんが現れる。


青は、祥介が好きじゃない。


「里緒菜、こっちこっち…」


「祥ちゃん、ごめんね」


「いいよ、いいよ」


俺達のショータイムの始まりだろ?


里緒菜ちゃんは、祥介の隣に座った。


「えっと、紹介するよ!今度、結婚する。桜井里緒菜さん」


「初めまして、桜井里緒菜です」


里緒菜ちゃんは、わざとらしく青にそう言った。


「里緒菜、青は初めてじゃないから…」


「あっ、そうだっけ?昔の事、あんまり覚えてなくて」


里緒菜ちゃんは、そう言ってわざとらしく笑ってる。


計画通り、青はイライラしている。


「何飲む?」


「うーん。ビールがいいよね?」


「そうだな!乾杯は、ビールがいいよ」


ピンポンー


祥介が店員さんを呼んで、ビールを頼んだ。


「いつから?」


青は、イライラしながら枝豆を食べている。


「何が?」


「いつから、祥介と桜井さんは、そうなってんの?」


「いつからって、去年だよな」


「うん」


青は、イライラしながらビールを飲み干した。


店員さんが、里緒菜ちゃんのビールを持ってくると青はすかさずビールを頼んでいる。


イライラしている青を見ながら、俺と祥介は吹き出しそうになるのを堪える。


「いただきます」


そう言って、里緒菜ちゃんは乾杯をしてビールを飲む。


ブー、ブー


祥介が、時計の通話機能を使って俺にかけてきた。


「ちょっと、仕事の電話だわ!ごめん」


嘘をついて、俺が席を離れる。


「俺もトイレ行くわ」


一分後、祥介がトイレに立った。


計画通りだ。


里緒菜ちゃんは、俺が事前に渡して置いた時計を使って鞄の中から俺にかける。


祥介と俺は、居酒屋の外に出る。


「里緒菜ちゃん、覚えてないとか嘘だよね?」


青の声が、している。


里緒菜ちゃんは、黙ってる。


「隣、座っていい?」


「どうしてですか?」


「やっぱり、覚えてるじゃん」


「当たり前です」


「5年前と何も変わらないね!相変わらず、可愛いね」


「やめて下さい」


「ねー、里緒菜ちゃん。祥介なんかより、俺の方がいいって」


「昔から、私に興味なかったでしょ?青君」


俺と祥介は、戻る為のスタンバイをしながら二人を見つめていた。


「あったよ!ずっと」


「嘘……増井さんに好きって」


「あー、あれ!男は、抱きたかったら言うんだよ!嘘に決まってるだろ?」


「う…そ…」


「そうだよ!悲しい顔だって出来るよ。したかったら、いくらだって嘘がつけるんだよ」


「祥ちゃんが、戻ってきたから…」


「チッ…」


わかりやすい舌打ちをして青は、席に戻った。


俺と祥介は、席に戻る。


「ごめん、仕事の電話だった」


「あっそ!」


青は、あからさまにイライラしている。


「これ、美味しい」


「えっ、どれ?」


「このお刺身」


「俺も、食べよう」


焼き餅妬けよ!


惨めになるぐらい苦しめよ!


「美味しい」


「でしょ?」


俺達は、青に再会するまでの半年間。


どれだけの練習を重ねたと思う?


馬鹿なお前には、この嘘は見抜けやしない!


「里緒菜、焼き鳥食べたいって言ってたよな」


「うん。食べたい」


「じゃあ、頼むか」


祥介と里緒菜ちゃんは、恋人同士の演技を続ける。


俺は、青を見ている。


「そう言えば、青ってバツ2だっけ?」


「ああ」


青は、煙草に火をつける。


「何で、離婚したの?」


「さあ?わからない」


そう言いながら、青は煙草の煙を吐き出した。


「わからないってあるんだな」


「向こうから言われたから…」


青は、そう言いながらチラチラと祥介と里緒菜ちゃんを見ている。


悔しいよなー。


狙ってた獲物を横取りされちまったハイエナさんよ!


最後に食すつもりが、わけのわかんねー、鳥に食われちゃったんだもんな。


俺は、青を見ながら笑いそうになるのを堪える。


青は、どんどん、どんどんビールを飲んだ。


「飲みすぎな」


計画通り、俺達四人は店を出る。


青は、飲みすぎてフラフラだった。


「祥介んちに行くか!」


「飲みなおそーぜ」


フラフラの青を俺は、支える。


やってきた、タクシーに四人で乗り込んだ。


祥介の家についた。


これも、また怒りがわくだろ?


それは、祥介の従兄弟のマンション。


タワーマンションではないけど、ワンフロアーのマンションだ。


兎に角、広い。


復讐がしたい。


俺達の言葉に、祥介の従兄弟は、だったら使えばいいと貸してくれたのだった。


リビングにあるクソデカイソファーに俺は、青を置いた。


「飲み直そうぜ」


「そうだな」


青は、酔いすぎてコクコクしている。


「眠ったな!」


「ああ」


俺達は、準備を始める。


青、知ってるか?


苦しめる為の一匙は、大きければ、大きい方がいいんだよ。


「青、大丈夫か?」


「あっ、わりい!」


「これ、水割りな」


「ありがと」


俺は、キッチンに向かう。そこから、二人を見つめながら頷いた。


青は、コクコクしながらも目を必死であけようとしてる。


俺は、二人に手をあげる。



「駄目だよ!祥ちゃん。青君いるんだから…」


「大丈夫だって寝てるって…」


「寝てても、駄目」


「何で?いつも、一樹いたってしてるじゃん」


「それは、キスだけでしょ?」


「でも、一樹。今、トイレだからちょっとだけ…。里緒菜」


祥介は、里緒菜ちゃんの上に乗って、里緒菜ちゃんはわざとカーディガンから肩を見せてる。


問題ない。


キスしてるように見えてるよ。


俺は、二人を見つめていた。


「やだ…」


「何で?」


「祥ちゃん…」


青は、二人を凝視している。


顔色が変わってるのがわかる。


面白いわ!


「おーい。何してんだよ。部屋でやれよ」


俺が戻ってくると二人は、「ごめん」と言って起き上がった。


良く出来た、上出来だよ!


俺は、二人にしか見えないように親指を立ててグーサインをした。


「おい!青。飲めんのか?」


「あっ、悪い」


「水にしとけば?」


「だなー」


明日の朝が、楽しみだ。


朝ー


俺と祥介は、寝室でパソコンを見ている。


「里緒菜ちゃん、大丈夫かな?」


「大丈夫!やばかったら行けばいい」


「そうだな」


あの日、俺達が里緒菜ちゃんに言われた言葉。


「どうせなら、好きなふりをして、とことん青君を追い詰めたい」


わかってる。


里緒菜ちゃんは、16歳から25歳までの時間を青に潰されたんだ。


新しい恋に里緒菜ちゃんが向かおうとしたら、青はそれを引きとめた。


そして、気のある素振りをして里緒菜ちゃんの好きを利用して他にいかせないようにした。


里緒菜ちゃんなら、もっとたくさん恋をしていたのが、俺にも祥介にもわかる。


青は、何もないままにただ里緒菜ちゃんを繋ぎ止め続けた。


「起きた」


「ほんとだな」


俺と祥介は、パソコンを見つめる。


「あれ?二人は?」


「あっ、朝御飯買いに言った」


「そっかー」


「そこにお水あるよ」


「ありがとう」


ごくごくと青は、水を飲むと里緒菜ちゃんに近づいた。


「里緒菜、俺が好きだったろ?何で、祥介?」


「やめて」


里緒菜ちゃんは、髪の毛をさわられている。


よっぽどの事がなかったら、来ないでいいと言われてるから…。


ジッと待ち続ける。


「里緒菜、祥介とはそういう事してるの?」


「当たり前じゃない。私達、婚約してるんだから…」


「何で、他にいっちゃうの?」


青は、里緒菜ちゃんにキスをしそうなぐらいに顔を近づけた。


「青君は、そんな事して私を好きじゃないよね」


「好きだよ!好きに決まってるだろ?」


「それって、私としたいだけでしょ?」


「違うよ!好きだから言ってるんだよ」


「昨日言ってたよね?増井さんとしたかったから、好きだって言ったって…」


「そうだよ!」


里緒菜ちゃんは、泣きそうなのを堪えている。


「だったら、私への気持ちだって…」


「違うに決まってるだろ?俺は、ずっと里緒菜が好きだよ」


そう言って、里緒菜ちゃんの髪を撫でる。


「ずっと、好きだったんだよ!いいよな?」


そう言って、里緒菜ちゃんのカーディガンのボタンを外す。


「祥ちゃんに取られたから、急に私を好きだなんて言ってるの?」


「違うって、昔から好きだったんだって」


「だったら、どうして一回も付き合ってくれなかったよね」


「里緒菜は、いなくならないって思ったんだよ。俺の傍からいなくならない。例え、俺がどんな風にしても…。里緒菜だって、本当はこうしたかったんだろ?」


里緒菜ちゃんは、青を見つめて泣いていた。


「泣くなよ!里緒菜。これからは、俺がずっと好きでいてやるから」


里緒菜ちゃんは、俺達にだけ見えるように中指を立てた。


「行くぞ」


「うん」


俺と祥介は、急いでリビングに行く。


とっくに買っていたコンビニの袋を持って…。


ガチャ…。


「あれ?起きてたの?」


「あっ、うん。さっき、青さん起きたよ」


わざとらしくスリッパをパタパタとしながら里緒菜ちゃんは、祥介に近づいた。


「パンと卵とハム買ってきた」


「ハムエッグトーストにしようか」


「うん」


二人が、キッチンに向かう。


いつもなら、落とせたか?


青………。


俺は、ソファーに座る。


「朝御飯、食べてくだろ?」


「いや、いいわ!」


「そっか」


「じゃあ、またな」


「玄関まで、送るよ」


「ありがとう」 


目の中に、光が宿ってないのがわかる。


絶望してんだな…。


今さら、遅いよな。


「じゃあ、気をつけて」


「ああ」


パタンと扉が閉まったのを確認して、俺は鍵を閉めた。


「帰ったよ!青」


「よかったー」


二人は、疲れと安心から、その場に膝からヘナヘナと崩れ落ちて座っていた。


「里緒菜ちゃん、頑張ったな」


俺は、そう言って笑った。


「ありがとう、一樹君。祥介君」


「いいや」


「あんな風にされてたの?ずっと…」


「うん」


「離れたら、ああやってボディタッチしてきたんだな」


「うん」


「それで、里緒菜ちゃんは青から離れられなかった?」


「そうなんだよね…」


「ホストじゃないんだから、最低だな」


祥介は、そう言って怒っていた。


「ホストなら、仕事だから私だって、割り切れるよ。彼氏とか作れるから…。でも、青君は違うかったから…。それを許さなかったから」


「確かに、ホストならお金払ってるから違うよな!あれは、最低だな」


「青は、絶対。里緒菜ちゃんをものにしようとするぞ」


「ああ!今まで、手に入らなかったやつはいないって言ってたからな」


「頑張ろう!なっ?里緒菜ちゃん」


「うん」


俺達の読み通り、青は里緒菜ちゃんに接触してきた。


しかし、二人で会う事なんかあるはずもなく。


常に、俺達が付きまとった。


それを青は疎ましく思っていた。


祥介の家で、朝を迎えると青は必ず里緒菜ちゃんを誘惑した。


「好きだよ、里緒菜。好きだよ」


その言葉が、里緒菜ちゃんをまた苦しめていくから…。


里緒菜ちゃんは、青に言われる度に毎回泣いていた。


もういい加減、俺達も同じような繰り返しにも飽きてきていた。


里緒菜ちゃんも、あのやり取りが苦痛だと言っていた。


そんな日々が、半年経った。


「結婚、来月だよね」


「はい」


里緒菜ちゃんが、正式に籍を入れる日が決まったのだ!


「そろそろ終わらせようか」


いい加減、青もイライラしていた。


「里緒菜ちゃん、次、呼び出されたんだよね」


「はい」


二人っきりで、会いたいと連絡先を交換した青から里緒菜ちゃん宛にメッセージがきていたのだ。


「これが、最後だ」


「頑張ろう」


「はい」


そう言って、俺達はグータッチをした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


青に呼び出された公園で、里緒菜ちゃんは青を待っていた。


しばらくして、青が現れる。


「里緒菜、会いたかったよ」


「青君…こういうのは…」


「何で?里緒菜は、俺が好きだよね?」


「私、結婚するの」


「別れて、俺としなよ!里緒菜」


「青君は、私を好きじゃないよ」


里緒菜ちゃんが、そう言うと青は里緒菜ちゃんの肩を掴んだ。


「里緒菜、好きだって!本当に、好きだよ」


「もっと早く言って欲しかった。今さら遅いよ」


「そんなわけないだろ?祥介と別れればすむ話なんだから…。なっ?里緒菜」


青は、里緒菜ちゃんの髪を優しく撫でている。


「やめてよ。ずっとこうやって、気のあるふりして私を…」


「里緒菜は、俺が好きだろ?だから、ずっーと俺の傍にいただろ?」


「青君、私は汚れちゃったんだよ」


「あー、鹿野とだっけ!知ってる。あいつ自慢してたから。だけど、よかっただろ?今の歳までだったら最悪だろ?」


俺が殴ってやろうと思ったけど、里緒菜ちゃんが青を平手で殴っていた。


「何すんだよ?」


「どれだけ、苦しかったか青君にはわからないよ」


「そんなの自分で決めた事だろ?俺が、そうしろって頼んだわけじゃないだろ?」


「何それ?だったら、何で私に構ったのよ!散々、私の気持ち利用してきたくせに!頼んだわけじゃないって何?何なの?」


「嫌なら、俺から離れればよかっただけだろ?」


「離れられないのわかってて、そうしてたんでしょ?」


俺と祥介は、イヤホンで聞きながらイライラしていた。


「だってさ、普通に考えてよ!里緒菜みたいな綺麗な子に好かれたら離したくなくなるだろ?だけど、付き合うってなったら里緒菜は重いんだよ!だから、こうやって繋ぎ止めておくぐらいが丁度いいんだよ!感謝して欲しいぐらいだよ。キスもしなかったし、抱いたりもしなかっただろ?俺は、紳士だったろ?」


俺は、怒りが抑えられなくなりそうだった。


「最低!」


「里緒菜、今のは嘘だって」


「離して、もう充分だよ」


里緒菜ちゃんは、カツカツとヒールを鳴らして歩き出していた。


「可哀想な奴だな」


祥介は、青を見つめながら言った。


「一樹君、祥介君、ありがとう」


里緒菜ちゃんが、やって来た。


「スッキリした顔してる…」


「もう、充分やったから!」


里緒菜ちゃんは、ピースを作って笑っていた。


「青、死んでないよ」


「もう、いいよ!死んだよ。私の中の青君は…」


そう言って、里緒菜ちゃんは胸に手を当てていた。


俺達三人は、帰宅した。


その日の夜のニュースで、俺達は青が死んだのを知った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「飲みすぎて、人とぶつかって階段から落ちたらしいよ」


俺達三人は、青の通夜に来ていた。


「普段から、よう飲む子だったからね」


小さな声で、話す声が聞こえている。


「初めて振られたらしい」


「へー」


「凄い綺麗な子だったんだろ?」


「そうそう」


「あいつは、俺が好きだからってしょっちゅう自慢してた」


「芸能人の女優さんの誰だっけ忘れたけど、それに似てるって」


「絶対に落とせるって豪語してたよな」


「してた、してた」


そう言いながら、青の職場の人が笑っている。


「今まで、あいつ、本気で人を好きになった事あんの?」


「ないんじゃない?」


「だよなー。だって、好き、好きって口からデタラメばっか言ってただろ?」


「結婚してた時なんか、嫁と喧嘩したら別の人に好き好きって言ってたらしいよ」


「うわー。あいつ、めちゃくちゃヤバイやつじゃん」


「だろ?」


「死んだ人間、悪く言いたくないけど…。自業自得だな」


「だな」


青がいなくなって、喜んでいるのは、俺達だけじゃないと知った。



「はぁー。終わったね。里緒菜ちゃん」


「本当に死んじゃうとは、思わなかったけど…」


「悲しい……よね」


「それが、意外と全然だった。もっと、悲しいかなーって思ったけど平気だった。それは、きっと青君が私にくれていたものが偽物だったからかもしれない」


俺と祥介は、里緒菜ちゃんを見つめる。


「あんなのは、愛してるって言わないよ」


「あー、言わない」


「フフフ、二人には感謝してる。私のとんでもない頼み事をこんなに真剣に聞いてくれて」


やっぱり、里緒菜ちゃんは俺達のマドンナだ。


「全然、いいよ」


「そうそう。楽しかったし」


「そりゃあ、祥介はキスするぐらい近づいたし。彼女のふり出来たからな」


「アハハ、それもある」


「それって、一樹君もこんな風に近づきたかったって事?」


そう言って、里緒菜ちゃんが俺の顔に近づいてきた。


「ちょっ!はずいって」


「はずいって言い方懐かしいねー」


「里緒菜ちゃん」


里緒菜ちゃんは、そう言って笑った。


「結局、青は里緒菜ちゃんを繋ぎ止めておきたかったんだろうな」


祥介は、そう言って俺達三人は歩き出した。


「自慢出来る存在だったんじゃない?」


「自分は、凄いんだーってか」


「そんな感じかもな」


里緒菜ちゃんは、俺と祥介を代わる代わる見つめる。


「30歳になって気づいたけど!私、青君に好かれてるって勝手に思ってた。だけど、違うんだってわかった。好きとか愛してるなんていくらでも言えちゃう人間ひともいるんだなーって」


「確かに、その言葉に重みがないやつっているよな」


「青みたいにな」


「そうそう」


「でもさ、若いと勘違いしちゃうから」


「そうだな」


「私、時間無駄にしちゃった」


里緒菜ちゃんは、そう言って泣いていた。


「無駄じゃないって、これからの里緒菜ちゃんはすげー幸せだって」


「そうそう!結婚してすっごい幸せになりなよ」


「一樹君、祥介君、ありがとう」


里緒菜ちゃんは、そう言って笑った。


俺達は、里緒菜ちゃんが喜んでくれるだけで嬉しかった。


里緒菜ちゃんの中で、大切に丁寧に梱包されていた青との記憶や想い…。


それを取り出して、ぐちゃぐちゃにしたのはドカンだった。


その上から、ぐちゃぐちゃにしたのは青、本人だった。


「あー、何か空気美味しいね」


「わかるわ」


「俺もうまい」


あんなに踏み潰しておきながら、まだ愛されるとか思ってる青はおかしいと思った。


里緒菜ちゃんは、ちゃんとした人間だ。


傷つけられたら悲しいし、優しくなれたら嬉しくなる。


好きだった人間の事を言われたら、ざわざわだってするんだよ。


「じゃあ、私。こっちだから…」


「うん」


「あっ!結婚しても仲良くしてくれる?」


「当たり前だろ?」


「そうだよ」


「嬉しい。ありがとう。じゃあね」


そう言って、里緒菜ちゃんは俺達に手を振った。


「しかし、死んでよかったって思う日が来るって。いかれたのかな?」


「違うだろ?それだけ、俺達も傷ついてたんだろ?里緒菜ちゃん好きだったから」


「マジ、それな!」


「だろ?マドンナだったもんなー」


「そうだよな」


『今も変わってないけどな!』


俺と祥介は、そう言って笑い合った。


あの日、彼女が望んだ事を叶えてあげたいと思ったのは…。


きっと、ずっと、許せなかったからだ。


俺と祥介も里緒菜ちゃんと同じ気持ちを抱えてただけだ。


「じゃあ、またな」


「おう」


俺と祥介は、別々の方向に歩き出す。


青が死んだ。


ただ、それだけで俺達は心が軽くなった。


かつて、人の死をこんなにも喜んだ事があっただろうか?


涙も流れなかった事があっただろうか?



いや、なかったよ!


お前が、初めてだったよ!


俺は、立ち止まってそらに手をかざす。


あの日の俺達が空に浮かんだ気がした。


「バイバイ」


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