第五話
18年ぶりの王都は騒がしく、フィーリンは人酔いしかけている。
「やっぱり帰るべきよ。聖女に簡単に会えるはずもないし」
「大丈夫です。手紙を送ったらぜひ会いたいと、招待状を貰いました」
ヴィンセントがバッと開いた書状には、聖女アタシアのサインが押してある。
それを受け取ると、実際に会って話したいと書いてあった。
「なんて送ったら、聖女に会いたいなんて言われるの?」
「こちらの誠意を伝えただけですよ」
語尾に音符がついているような声色に、フィーリンは頭を抱えた。
(まさか、自分が息子だなんて書いてないわよね)
書状を見せるだけで、聖女の応接間へ簡単に案内された。
「お久しぶりね、魔女さん。そして、初めまして、ヴィンセント」
アタシアは上品にこちらへ笑いかけ、高価そうなソファへと座るよう促した。
調度品の全てが少女趣味のようで、胸焼けがする。
「お茶の準備が終わったら、みんな退がってちょうだい」
お菓子やティーセットが次々とテーブルに並んだ後、使用人たちは命令通りに1人残らず姿を消した。
「お手紙は読ませてもらったわ。まさか魔女さんに押し付けた私の子が、とっても稀有な存在である聖人なんて、思ってもみなかった」
手を合わせてニコニコしている表情からは、本心が読めない。
冷たさが2人の背中を撫でていくようだ。
「認めるんですね」
「ええ。あなたは私と、顔も覚えてないどっかの男との子よ」
「顔も覚えてないなんて...相当遊んでるの?聖女ともあろうお人が」
フィーリンは蔑んだ目を向けてやる。
そんなことはお構いなしに、アタシアは頬を膨らませ、腕を組んだ。
「だってここ、何でもかんでも掟や規則だって言って、自由なんてないんだもの。欲しい物はなんでも与えてもらえるし、チヤホヤされて過ごせると思ったのに...。夜にこっそり抜け出すのも結構大変なのよ」
ぷりぷりと怒っている彼女に、ヴィンセントは絶句している。
(無理もないわ...こんなのが実母なんて)
「...実の子を前に、よくもそんなこと言えるわね」
フィーリンが小さく息を吐くと同時に、ヴィンセントが我に返った。
「捨てられた時点でこんな人、母親だなんて思ってません。母様に子供を押し付けたんです。見返りに、魔力を返してください」
アタシアは、パチパチと瞬きする。
少し悩むふりをして、にっこりと口角を上げた。
「確かにそうね。借りは返すのが道理だわ」
そう言って、掌上へ、紫に輝く玉を出現させる。
それが、フィーリンの胸の中へ吸い込まれていった。
想像していたよりも容易に目的を果たし、ヴィンセントは眉根を寄せた。
アタシアは表情を一切変えない。
「これで貸し借りなしね。それで、ひとつ提案があるのだけど」
「あんたの要望なんて、却下よ」
「そんなこと言わないで。ヴィンセントも、独り立ちして良い年齢でしょう?」
相変わらず、フィーリンの言葉は聞く気がないらしい。
「ヴィンセント、私の後を継いでくれないかしら」
ガタンッとテーブルが揺れ、ティーカップから紅茶がこぼれていく。
ヴィンセントが顔を真っ赤にして、アタシアを見下ろしていた。
「冗談じゃない。どうせ隠居して自由になりたいとか、そんな我儘から言ってるだろ」
アタシアはどんぐり目を大きく開いた後、ころころと笑い出す。
「やだ、わかっちゃった?でも、あなたは私の子でしょう?子供は親の言うことを聞かなくちゃ」
「今更母親面するのね」
「実際、実の母親は私よ?母親面してるのは魔女さんの方だわ」
鼻で笑う彼女に、ヴィンセントは奥歯を鳴らす。
「捨てて、押し付けておいて、何言って」
「まあまあ、いいじゃない。1日考えてみてちょうだい。泊まれるように、お部屋を用意しておいたから」
ヴィンセントの声に被せるように、アタシアが手を叩く。
使用人たちが入室し、2人を追い出すように連れて行った。
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