第3話 ピラミッドは人類を滅ぼす装置!?

「ピラミッドは古代エジプト人が建造したのではないんですか?」


 まじめそうな付き添いの女性が、びっくりした様子で望月に質問した。


「それはありえません。なぜならピラミッドには、人工衛星を飛ばしてようやく判明した惑星のデータもとりこまれていますから」


「つまり異星人が建造した、とでも?」


 彼女は常識人のようで、望月のヤバさに気づいたようだった。


「そう考えたほうが、腑に落ちるんですよ。たとえばクフ王の大ピラミッドとカフラー王のピラミッドは、地球と火星を模しています。両者の体積比は1:0.854で、地球と火星の体積比は1:0.857。こんな偶然はちょっと考えられません」


 付き添いの女性は黙って聞いてはいたが、表情は疑っていた。年齢は院生の望月と同じくらいで、二十代半ばといったところか。髪はショートカットで、メイクは車椅子の女性よりも大人びていた。太めにそろえた眉と強めのアイラインから、どんな性格かわかる気がした。


「さっき『円を四角形に移す原理』のことを説明しましたが、大ピラミッドには『立方体を球体に移す原理』も隠されています。球体の体積を求める公式の4/3πが、この暗号解読の“鍵”です。大ピラミッドの体積に4/3πをかけると1.0869*10⁷m³になります。いっぽう地球の体積は1.0832*10²¹m³で、桁数こそちがいますが、偶然とは思えない数値がでます。いっぽうカフラー王のピラミッドは金星に対応しています。カフラー王のピラミッドの体積に4/3πをかけると9.2833*10⁶m³になり、金星の体積は9.2831*10²⁰m³。こちらは驚異的というしかない一致ぶりです」


 望月は早口になった。この先輩にだけは、先に彼女を作られない自信があった。


「地球の数値がややズレていますが、これにも驚くべき仕掛けがあります。金星がほぼ完全な球体なのに対して、地球は南北からわずかに押し潰したような形をしています。このため赤道で測った赤道半径のほうが、北極と南極を通した極半径よりも20キロほど長い。このせいで赤道半径だけで地球の体積を求めると実際の地球よりも大きくなり、逆に極半径だけで求めると実際よりも小さくなってしまう。だから実際の地球の体積を求めるときは『v=3/4π(赤道半径)²*(極半径)』という式になります。では地球を完全な球体と仮定して計算するとどうなるでしょうか? 驚くなかれ。なんと驚異的な精度で数字が符合します。完全な球体とみなした地球の体積が1.0868*10²¹m³で、大ピラミッドの体積に4/3πをかけた数値は1.0869*10⁷m³。これが偶然に見えますか?」


 望月は得意げだった。たしかに意図して設計しなければ、こんな一致はしない。しかし惑星の正確な体積がわかったのは、近代になってからだ。


「つまり大ピラミッドは、完全な球体とみなした地球を、四角錐として表現した建造物なんです。しかしもっと信じがたい事実があります。大ピラミッドは頂上部分が失われていて、現在使われている高さは、斜面の勾配などから予測した数値なんです。当然これには誤差が生じるとされ、それは±50センチほどだと計算されています。大ピラミッドの高さを最小のもので計算したとき、なんと1.0832*10⁷m³となり、実際の地球の体積に4/3πをかけた1.0832*10²¹m³とぴったり符合するんです。もし高さを平均でとると――つまり図鑑などでも採用される公式の高さで考えると、さっきやったように地球を完全な球体とみなした場合の体積と符合します。大ピラミッドの頂上がいつ失われたのかはわかっていません。最初からなかったという説もあるくらいです。もし最初から頂上部分を造らず、誤差まで利用して地球をピラミッドで表現したのだとしたら、みごとと言うしかないでしょう」


「しかしそんな高度な文明が、古代に存在したという記録はありません。つまり大ピラミッドは、古代エジプト文明が登場する以前から存在したというのですか?」


「そう考えるのが自然ですね。エジプトには七つの巨大ピラミッドが存在します。ギザの三大ピラミッドが地球、金星、火星を表し、残り四つの巨大ピラミッドも太陽系の惑星を表しています。その他のピラミッドは長い年月で崩れ、原形を留めていません。いかにも古代人が、マネして作ってみましたという代物です。しかし七つの巨大ピラミッドだけは、いまもその形をはっきりと残し、われわれに情報を伝えてくれています。重要なのは、誰が建造したかじゃない。なにを目的として、こんな壮大な計画を実行したのかです。きっとピラミッドには、他にも情報が暗号化されているはずです。それらは人類の宇宙進出までには、すべてが解読できるだろうといわれています。宇宙に旅立つ人類へのプレゼントか、それとも罠か。ぼくらはそれをたしかめるべく、暗号解読に挑戦するのです」


「こ、これでも情報学って、ちゃんとした学問なんですう」


 ハム子が二人の誤解を解こうと訴えかけた。

 

「よくわかりませんけど、賞金十万円ってすごいですね」


 望月の話そっちのけで、暗号解読コンテストのビラを見ていた車椅子の女性が言った。


「スマホで登録するだけで参加できるよ。きみも参加してみるかい?」


 夜が言うと、車椅子の女性は「いいんですか!?」と喜んだ。


「そのビラにあるQRコードをスマホで読みとればエントリーは完了。あとは自動で全部やってくれる」


「お姉ちゃん、いいよね?」


 車椅子の女性がうしろをふり返った。この二人は姉妹だったようだ。


「お二人はここの学生さんですか?」


 ハム子が訊ねた。


「いいえ。大学がどんなところか、姉と見学に来たんです」


「じゃあ高校生ですか。大学はいいところですよお」


「私も気に入りました。自由な感じが特に」ちらっと彼女は夜のほうを見やった。「だって拳法まで学べるんですから」


「いや、あれは大学とは無関係だよ」


 夜は笑った。


「みなさんは、同じクラスの仲間なんですか?」


「研究室の仲間さ。うちの大学では二年生から、お試し期間として研究室に仮所属できるんだ」


「研究室なんてあるんですね」


「こういうことをするおもしろい場所さ」


 夜は彼女の持つビラを指さした。


「へえ、おもしろそう。私も入ってみたいな」


「もしここに入学したら、うちの研究室で歓迎するよ」


「本当ですか?」


「情報学部は最近できた学部だけど、将来性はあると思うよ」


「私、月島乃雨のあっていいます」


「おれは有村夜。こっちは同じ二年生のハム子。そっちのメガネの人は望月先輩」


「よろしくおねがいします」


 ぺこりと乃雨は頭を下げた。


「暗号解読コンテストなんですが――」


 姉のほうが訊ねてきた。「スマホでどうやって暗号の解読なんてやるんですか?」


「QRコードを読み込むと、専用アプリがダウンロートされます。このアプリが電話やゲームなどスマホの使用中、裏で暗号解読の計算を自動で実行するんです」


「マルウェアみたいですが、危険性はないんですか?」


「期間が過ぎると自動で消去されます。決して不正なプログラムは実行しません」


 詰問されているような感覚に陥り、夜は焦った。低くてすごみのある声質だった。きっと妹のことが心配なのだろう。


「お姉さま、ご安心ください。これは『分散コンピューティング』といいまして、世界中で実績のある手法です」


 望月もフォローした。

 さらに続ける。「分散コンピューティングとは、一つひとつのマシンパワーは非力でも数百、数千と集めて計算を分担すれば、一台の超高性能コンピュータにも匹敵するという考えです」


「そ、そうそう。それで賞金までつけて参加希望者を募っていたんですう」


 ハム子もささやかながら加勢した。


「計算ってそんなに複雑なんですか?」


 乃雨の質問だった。


「素因数分解だからね」


 夜が答えた。


「素因数分解?」


「たとえば素数である2,3,5,11の掛け算は、コンピュータなら一瞬で330と計算できる。でも330が2,3,5,11という素数の積であることを計算(素因数分解)するのは、コンピュータでも困難なんだ」


「へえ、そうなんですか」


「アルゴリズム――、つまり最適な計算方法が見つかっていないんだ。だからコンピュータも、素因数分解だと指を折りながら数えているってイメージだね」


「暗号解読とは、素因数分解をすることなんですね」


「そのとおり。いま広く使われている暗号って『公開鍵暗号』っていうんだけど、これも素因数分解の難しさによって成り立っている。たとえば1000桁の数字の素因数分解にもなると、一般的なパソコンじゃ来世紀までかかりかねない。まあ一台千億円を超えるスパコンなら、数年で解けるかもしれないけど。でもその膨大なコストを回収できるだけの利益は見込めないから、結局暗号は解読不能と同じになる」


「『大ピラミッドの暗号』も、スマホ数百台を動員しても、なお半年はかかるであろう大がかりな素因数分解なのです」


 望月はメガネをくいっと上げた。


「だから結果は気長に待っていてください」夜は言った。「もし最初に計算を解いたスマホだったら、こちらからお知らせします」


「わかりました。楽しみに待っています」


 乃雨の表情がふっと緩んだ。ようやく緊張が少し解けたようだった。こうして笑うと顔の印象がいくぶんやわらかくなり、可憐さが増した。


「次は研究室の仲間として会えることを期待しているよ」


「はい。まずは受験勉強をがんばらなくちゃ。南条研究室に入ったら、またよろしくおねがいします」


「あれ? よくぼくらが南条研究室だとわかったね。ビラには情報学部の企画としか書いていないのに」


 なにげなく言ったつもりだった。


 乃雨と名乗った娘は、しまったという表情をした。


「南条教授のことを知っていたのかい?」


「い、いいえ。あの……もう私たち行きます」


 不自然なほど彼女は焦りを見せた。

 姉のほうも「失礼します」と急にそっけなくなり、車椅子を押して歩きだした。


 逃げるようにして去っていった二人を目で追いながら、ハム子が首をかしげた。


「有村さん、なんか怒らせること言いましたあ?」


「いいや、なにも」


 夜は肩をすくめた。


 しかし美しい娘だった。乃雨といったか。もう二度と会うこともないだろうが。

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