第48話 紅白戦

 スマホが鳴った。見ると乃雨からだった。雷神チームから支給された骨振動で通話する軍事用超小型イヤホンを左耳に装着してから、夜はとった。


「無事か、乃雨」


「夜、いまどこにいるの」


「外苑東通りをわけあってトラックで走っている」


「どっちへ向かっているの? 赤坂方面か、東京タワー方面か」


「赤坂方面だ。もう少しで青山通りに出る」


「ちょうどよかった。青山通りを東へまっすぐ走って」


 よくわからなかったが、ここは従ったほうがよさそうだった。


 青山通りにつながる郵便局前交差点を目前にしたときだった。コンクリートの床に鉄板を叩きつけたような音が鳴り、激しく車体が揺れた。がくっとスピードも落ちる。夕風が荷台に乗ったのだ。


 なんて無茶をしやがる。車体の制御を失いかけ、夜は両手で必死にハンドルを抑え込んだ。


 右折レーンに入り、交差点を勢いよく右に曲がった。ふり落とせればと思ったが、夕風は両手で荷台をつかんでいるらしく、増した慣性によって、右後方の車輪が少しだけ浮いた。


「なんとか落とせないのか」


 手すりをつかみながらマギが言った。


「急ブレーキをかけてみる。シートベルトを――」


 夜が言ったときだった。フロントガラスを覆い隠すようにして、夕風の頭が出てきた。運転席と助手席を交互に見やる。まるで人間のように自然な動作だった。マギも息をのんだ。右車線で並走する大型トラックの運転手も、唖然とした表情で見ていた。


「止まらないと叩き潰すぞ!」


 頭上からスピーカーを通したサラシナの大きな声が響いた。


「有村夜! おまえは犬のくせに裏切るのか。いますぐ車を止めて、三回まわってワンって鳴け」


 ふざけているのか本気なのかはかりかねた。声も完全に少女のものだし、緊迫した状況との差で頭がくらくらしてくる。


 また車体が大きく揺れた。次はなんだ。いつなにがあってもいいように、夜はハンドルを強くにぎって備えた。……のだが、むしろハンドルに手応えがなくなる。視界もわずかだが斜め上を向いた。


「浮いている」


 マギがありのまま事実を口にした。


 サラシナが車台を抱えて飛ぼうとしているのだ。むちゃくちゃだ。夜はアクセルを踏み抜くが、すでに前輪は接地しておらず、うんともすんともいわなかった。


「イチかバチかだ。車から飛び降りよう」


 夜はシートベルトを外そうとした。


「待て、前を見ろ」


 マギに言われ、夜は顔を上げた。さっきまで流れるようだった車列が、青信号にもかかわらず動かなくなっていた。その理由はすぐにわかった。ちょうど五十メートルほど先の交差点に、白色を基調とした優美なフォルムのEXOギアが仁王立ちしていた。夕風よりもひとまわり大きく、飛べない代わりに厚い装甲で覆われた騎士ヴァルナだ。


「二号機! あんたも来たんだ」


 サラシナはうれしそうに声を弾ませた。雑に車台をおろされ、夜はハンドルに額をぶつけそうになった。


「そっちは大丈夫?」


 乃雨の声がイヤホンから聞こえた。


「まさか走って来たのか、ヘドロ島から」


「九条さんがビッグトレーラーで近くまで来てくれたのよ。本当なら島の外でヴァルナは使いたくなかったけど」


「本田先生が青山の病院に入院している。おれのせいだ」


「話はあとよ。ヘドロ島に最後通牒が来たわ。もうなりふりかまっていられない。南条から力づくで『SAKURA』を奪うわ」


「そのためにヴァルナを出したのかよ」


「警察の注意を引くためよ。『SAKURA』の奪取は夜、あなたの任務」


 乃雨は言うと、中央分離帯の緑地を走った。そうして助走をつけ、大きくジャンプする。長い車列をいっきに越え、となりの大型トラックの荷台に彼女は着地した。ぼこっと荷台の天井がへこみ、運転手は不安そうにきょろきょろした。


 先にしかけたのはサラシナだった。腰に格納されていた二本のナイフを逆手で持ち、向こうの大型トラックの荷台に乗り移った。さらに重みでトラックは沈み込む。


 サラシナは右手で斬りかかった。それを乃雨が一歩退いてかわす。するとサラシナは右手、左手、右手、左手と踊るように連撃をくりだした。あっという間に乃雨は、荷台の端まで追いやられた。スピードとキレで完全に負けていて、反撃の糸口すらなかった。


 止まっていた車列が動き出し、大型トラックも発進した。それを見て夜も向こうのトラックに並走した。「乃雨、こっちに移れ」助け舟のつもりだった。


 乃雨はジャンプして、夜のトラックに逃れてきた。夕風よりも重いからか衝撃も大きい。夜はハンドルを抑え込みつつ、アクセルもべた踏みして向こうの大型トラックを引き離した。


「あいつに勝てるのか」


「こっちは丸腰なのよ」


 苛立った声が返ってくる。だが武器だけの問題ではなく、動きの練度からして差があった。きっとサラシナは、EXOギアで戦闘訓練も受けているのだろう。


「ちょっと運転手、なにもたもたしてんのよ! スピードを上げなさい!」


 サラシナが大型トラックの車台を、足でガンガンと踏み鳴らした。運転席の男はすくみあがり、サラシナの言うとおりにスピードを上げた。


 赤坂見附の交差点で右折し、外堀通りに入った。すると大型トラックもサラシナに命じられ追ってきた。


「まずいわね」


 乃雨がつぶやいた。


「おれたちのことはいいから、不利なら逃げろ」


「そうじゃなくて、バッテリー残量よ。戦闘だといつもより消耗するから」


 強がりにしか聞こえなかったが、それを指摘してもしょうがない。


「聞いてくれ乃雨、作戦がある」


「なによ」


「この先に虎ノ門トンネルがある。紅いEXOギアをこっちに乗せて誘導できれば、入り口のコンクリートにぶつけられる」


「うまくいく保証はあるの?」


「おれを信じてくれ」


 アルバイトのくせしてよく言う。自分でも思ったが、意外にも乃雨は即決だった。


「わかったわ。どうすればいい?」


「紅いEXOギアをこの車の上におびきだす必要がある」


「私がおとりになればいいのね」


「しばらく戦って時間を稼いでほしい。やれるか?」


「それくらい朝飯前よ」


「荷台のうしろへ移動してくれ。敵にはうしろを向かせたい」


 指示したとおり乃雨は荷台の後方に移動した。それからスピーカーを通して言う。


「紅いEXOギア! こっちに来て私と勝負しなさい!」


 その挑発にあっさりと乗ったサラシナが、向こうのトラックから飛んで移ってきた。


「いい度胸じゃない。あれだけボコボコにされたのに。心意気だけは褒めてあげる。それと紅いEXOギアじゃなくて夕風よ」


 サラシナはナイフを腰にしまった。


「どういうつもり?」


「こっちも公平に素手で戦ってあげる。世界で初めて公に披露されるEXOギア同士の戦いだもん。ケチをつけられたくないわ」


 スポーツの試合のつもりか。EXOギア二機で重量過多になった車を必死に制御する夜は、サラシナの子供じみた態度に苛立った。だが彼女の幼い精神性は、乃雨にとって有利に働くはずだった。

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