第35話 クレイ商会

 0時をすぎてから、桜花の運転するワンボックスカーで移動した。

 

 神楽の東にある火力発電所を抜け、木々に囲まれた未舗装の悪路をさらに東へと走った。クレイ商会との待ち合わせ場所は、神楽の郊外にある漁港だった。


 マギもついてきた。ミーティングまでは我慢できても、島の外に出るとなれば絶対についていくと言って聞かなかった。なぜ監視にこれほど固執するのかわからなかったが、尾行されるくらいなら隣に置いておくほうが精神衛生上はいい。


 真っ暗な林道をヘッドライトの明かりだけで走った。


 真夜中の森ほど不気味な空間はない。なのに獣の飛び出しを警戒してか、桜花は予告もなくクラクションを定期的に鳴らすから、それが野獣の咆哮に聞こえて毎回ドキッとした。


 ずっと無言も気まずいので、夜は桜花との会話を試みた。


「乃雨はすごいですね。車椅子なのに自分で料理も作るし、この前なんてモップを車椅子にとりつけて、部屋の掃除もしていました」


「自然とそうするようになった。私から教えたことは一度もない」


 無視されるかと思ったが、意外にもボールが返ってきた。


「立派ですよ」


「言っておくが、妹に妙な気は起こすな」


 声のトーンが変わった。「あの子は雷神チームに入るまで、家に閉じこもりがちだった。男にも慣れていない」


「おれがそんなふうに見えますか」


「警告はしたぞ。私はあの子を守るためなら、なんだってする」


 横目で睨まれる。ちょっとの誤解でも、指の一本くらいは覚悟しろと言いたげだった。やはり早く資金をためて引っ越そう。


「質問してもいいですか?」


 車内の空気を変えたくて、夜は話題を変えた。「『SAKURA』でなにをするのか、そろそろ教えてください」


「おまえはアルバイトだ。知る必要はない」


「でも知っておいたほうが役に立てます」


「本当に帰れなくなるぞ」


「この島に自分と姉の居場所を作るって決めたんです」


「ガキの遊びじゃない。戦争なんだぞ、これは」


 いらだちを含んだ口調だったが、戦争なのは夜も同じだった。


「なんの覚悟もない男が、軽いノリで警察から乃雨のことを助けたと思っているんですか」と対抗した。


 桜花の口が真一文字に結ばれた。

 だからといって「やった勝った」と喜ぶのは本当のガキだ。 


「政府は『原始の炎』を探しています。それと『SAKUARA』は関係しているんですか?」


 これに桜花は、肯定も否定もしなかった。


 ただひとこと「『原始の炎』は私たちの最後の希望。絶対に消させはしない」と言うのみだった。



 下りの道が続き、いつしか地下施設に入っていることがわかった。道も土からコンクリートになり、車の走行音も反響して聞こえた。


 しばらくすると港の入り口であろうキャスターゲートが立ちはだかった。桜花は車から降り、自分でキャスターゲートを開けた。


 ゲートの先は照明がついていて明るかった。どうやら市場も兼ねているようだ。がらんとして広々とした空間だった。


 積み上げられた大量の空き箱や融けずに残った氷が、あちこちに放置されていた。ここでとれたての海産物のせりも行っているのだろう。


 フォークリフトのそばに男が立っていた。


 ワンボックスカーを停めて桜花は降りた。夜も車から降りた。


「約束のブツだ」


 フォークリフトに積まれたダンボール箱を、男が親指で差した。黒いキャップに黒いジャケット、黒い手袋に黒いズボン、黒いブーツと全身黒づくめで、左耳には黒いピアスまで見えた。運送だけにクロネコ、と夜はくだらない冗談を思いついた。


「クロネコ、新しい依頼だ」


 桜花が男に言うから、夜は驚いた。本当にクロネコなのか。


「帰るついでに、東京までこの二人を送ってほしい」


「いいだろう」


 ダンボール箱をワンボックスカーに積み終わると、クロネコからついて来るように指示された。夜は従った。


 クロネコが向かった先は、漁港の奥のゲートだった。ゲートはいくつも並んでいたが、開いていたのは三番のゲートだけだった。外に光を漏らさないためか、照明を落としていて、その先には同じく暗くした漁船が見えた。


「島へ戻るにはどうすればいい」


 夜は桜花に訊ねた。


「明日二十時に到着した漁港へ戻れ。クレイ商会が船を出してくれる」


 と言ってから桜花は、クロネコに確認した。「明日の二十時だ。いけるか?」


 彼は小さく頷き、こう言った。


「クレイ商会は裏切らない」

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