第31話 紅いEXOギア

 マギのペンライトを頼りに通路を歩いた。こちら側の通路はかなり長く、どこまでも続いていた。


 やがて長い階段にたどり着き、そこを上りきるとようやく地上に出られた。


 そこは森の中だった。近くを小川が流れ、その対岸には土の道路が見えた。川下に目を移すと、畑や建物も見えた。ここはオーファンズの集落のはずれだろうか。


 マギが小川にかかる木の橋を見つけた。

 ひとまず対岸の道路へ出ることにした。おそらく三ツ矢も、歩きにくい森の中は進まないだろう。


 橋を渡りきったときだった。 


「なに、あれ」


 乃雨が言った。


 え? と夜はあたりを見まわす。しかしいま立っている道の正面にも、うしろにも異常などなかった。

 

「あそこよ!」


 と乃雨に言われるが、彼女がどこを指しているのか、夜からだと見えなかった。「どこだよ」「あそこ!」夜は体を右にふる。「だからどこだよ!」「あそこだってば!」さらに体を右にふる。えさを目の前にぶらさげられた犬のように、夜はその場でぐるぐるとまわり続けた。


 そのとき奇妙な音が上空から聞こえてきた。ジェットエンジンを噴かした航空機のような甲高い音だ。それがだんだん近づいてくる。


 夜は空を見上げた。すると紅いEXOギアが、猛スピードで上空から降下してくるではないか。


 空気を切り裂く音とともに、紅いEXOギアは頭上を通りすぎていった。


「なんだあれ!」


 まだ轟音が耳にこびりついて離れず、夜は大声で言った。


「EXOギアよ」


 乃雨も負けじと叫んだ。


「それは見ればわかる。なんで空を飛んでいるんだ」


「知らないわよ。それよりEXOギアを出せるのは、私たち以外だと政府だけよ。きっと三ツ矢の救出に来たんだと思う」


 そういえば空中からなにかを探しているような動きだった。わざわざ地上へ近づいてきたのもそれで説明できる。


「じっとしているのは危険だ。村へ向かおう。宗一もそこいると思う」


 畑のほうに伸びる道は、緩やかな右カーブだった。左手側に川と森、右手側に畑と集落がある。いつ死角から三ツ矢が現れてもいいように、注意しながら歩こう、とマギに注意を呼びかけたときだった。右手側の藪の中から、宗一が飛び出してきた。わっ、と夜は情けない悲鳴をあげかけたが、すぐに怒るふりでごまかした。


「驚かすなよ!」


「すまない。それよりみんな無事そうでよかった」


 宗一はランタンを腰にさし、代わりに弓を持っていた。


「三ツ矢はどうした?」


「見失った。まだこのあたりにいるはずだが」


 そのとき前方から走ってくる馬が見えた。乗っているのは三ツ矢だった。きっと村から盗んだのだ。


 オーファンズの人間たちも馬で三ツ矢を追っていた。


 三ツ矢はあいかわらず手首が痛そうで、さらに馬も扱いきれておらず遅かった。放っておいても捕まりそうだ。


 しかし紅いEXOギアが登場して、その見立ては台無しになった。


 紅いEXOギアが通せんぼするように、追っ手の前に着地した。それで驚いた馬から、オーファンズの連中が全員ふり落とされてしまった。


 しかし三ツ矢の馬も大暴れし、泡を噴きながら森のほうへと逃走した。そのさい三ツ矢も、川に落下した。

 

 ただ事態を混乱させただけの紅いEXOギアだったが、あたりを見まわし三ツ矢の姿がないことを確認すると、今度は集落のほうへ向かって、見境なく建物を襲いだした。


 三ツ矢のアシストのつもりだろうが、むちゃくちゃだ。これでは死者もでかねなかった。


「夜、私をビッグトレーラーまで運んで」


 同じ危惧を抱いたのか、乃雨が言った。


「あんなのと戦う気かよ」


「こっちもEXOギアじゃないと止められないわ」


「そりゃそうだけど」


 オーファンズの連中は、紅いEXOギアに弓で応戦していた。だが抑止効果などあるわけもなく、紅いEXOギアが一歩動くたびに、クモの子を散らしたようになった。


 暁の巨人かよ。いいや、暁の巨人は空までは飛ばなかったぞ。


「おれは村を守る」


 宗一は言うと弓を背中になおした。「おまえたちも、やるべきことをやれ」と言い残し、集落のほうへと走っていった。


「この道をまっすぐに行って。ビッグトレーラーが横転した道につながっているわ」


「わかった。走るけど、落とされるなよ」


 それから夜はマギにも言った。「おまえは安全な場所に隠れていろ」


「そうさせてもらう」


「またあとでな」


 夜は走りだした。宗一のほうは畑を横断し、紅いEXOギアの背後にまわり込むようにして動いていた。あんなのにやられるなよ、おまえはヘドロ王の騎士だ。夜は宗一に心の中でエールを送った。


 途中、畑のあいだを縫うような小道に入り、さらに走っていると見覚えのある大通りに出た。ぽつんと銀色のコンテナが、道路にとり残されていた。タイヤを宗一に射られ、やむえをえず切り離した貨物車両だ。そろそろ体力も限界に近かったが、ゴールはもう少しだと自分を奮い立たせた。思えば二日連続で同じことをしている。


 乃雨の指示に従って夜は車両のうしろ側にまわり、左側の後輪の上にある小さな箱のふたを開けた。中に赤と緑のボタンがある。赤色のボタンだと言われて押した。するとコンテナの側面の連結が外れ、ゆっくりと機械音をたてながら開いた。


 寝ているヴァルナのもとに乃雨を運ぶ。どうやって乗り込むのだろうと思っていると、乃雨はなにも言わず自分から背負子を降りた。そして這いながらヴァルナの胸まで上がると、手動でハッチを開けて中に潜り込んだ。


「起き上がるから、夜は離れてて」


 言われたとおり、夜は荷台から降りた。


 ヴァルナがむっくりと半身を起こした。まるで朝起きてベッドから下りる人間のように、片足ずつ地面について立ち上がった。よっこらしょと聞こえそうなほど人間らしい動作だった。乃雨がこの動きのイメージを実際にしたということか。


 ヴァルナのスピーカーを通して乃雨が喋った。


「私が紅いEXOギアを押さえるから、夜はあいつを捕まえて!」


 ヴァルナの指で示した先に、三ツ矢の姿があった。


 三ツ矢はぎょっとしてふり返った。


 こっそりこの場を去ろうとしていたのだ。そうはさせるか。夜は走って追いかけた。


 だが村の方角から、紅いEXOギアがすっ飛んできた。すると即座に乃雨も反応し、紅いEXOギアに猛然とタックルした。二体のEXOギアはからみ合いながら、さつまいも畑の上に倒れ込んだ。


 そのあいだに夜は三ツ矢との距離を縮めた。


 あと少しまで迫ったときだった。三ツ矢が悲鳴に近い声で叫んだ。


「サラシナ! 早く回収してくれ!」


 耳に小型通信機をつけているらしい。息も絶え絶えの三ツ矢は、ふり返ると夜に言った。


「待て、話をしよう、暴力はいけない」


「なにをいまさら」


「国から命令されただけなんだ。頼む、見逃してくれよ」


 泣きそうな声で懇願してきた。わき腹を右手で押さえ、苦痛に顔を歪ませている。服もずぶ濡れだ。同情したわけではないが、これ以上痛めつける必要性もなさそうに思えた。


「紅いEXOギアにおとなしくするように指示しろ」


「わ、わかった。いま連絡するから待ってくれ」


 三ツ矢は言うと、自分の右耳のうしろを右手で触った。そこに小型通信機をつけているのだろう。


 それに気をとられた一瞬の隙だった。左手に隠し持っていた催涙スプレーを、夜は顔面に噴きかけられた。


 まるで神経を直接針で刺すような鋭い痛みが、皮膚や目、鼻の粘膜に走った。目を開けていられない。喉も焼けるような激しい痛みに襲われ、咳が止まらなくなった。


「ははは、いいザマだぜ小僧」


 暗闇の中から、勝ち誇る三ツ矢の声が聞こえてきた。

 

 だが夜はそれどころではなかった。催涙剤の原料はとうがらしだと聞いていたが、本当に激辛ラーメンのスープを何十倍も濃くして鼻から流し込まれたようで、ひりひりする感覚が首から上に広がり、脳までしびれそうだった。


「サラシナ、急げ!」


 まだ二体のEXOギアは、村で格闘戦をくり広げているようだった。鎧を着た騎士のようなシルエットのヴァルナはパワータイプで、それより小柄で細いシルエットの紅いEXOギアはスピードタイプといったところか。実際、紅いEXOギアが敏捷性で優れているのは確実だった。


 だがそれ以上に差があると思ったのは、操縦者の練度だった。ボクシングでプロに圧倒されるアマチュアというくらいに乃雨はなにもさせてもらえず、素早い動きにほんろうされて一方的に攻撃されていた。


 夜が暗闇でもがいているあいだにも、二体のEXOギアは激しい戦闘をくり広げていた。背後をとられた乃雨は、背中に強烈な蹴りをお見舞いされ、早雲と初めて会った基地のほうへ吹き飛ばされた。侵入者を防ぐための高い壁と物見やぐらをなぎ倒しながら、乃雨は木造の蔵に頭から突っ込んだ。


 その音は夜の耳にも届いた。もう機能しているのは耳しかない。通信機に向かって話す三ツ矢の声を頼りに、捨て身のタックルをしかけた。完全に油断していた三ツ矢の体は軽く、あっさり地面に転倒させることができた。


 そのまま押さえ込もうとするが、目を開けられず、どこをつかんでいるかもわからない。必死になってズボンかなにかをつかんでいたが、するすると逃げられてしまった。目を無理して開けてみると、ぬけがらとなった背広をつかんでいた。


 すでに立ち上がっていた三ツ矢から、蹴りが飛んでくる。どすんと腹に衝撃を受け、夜は虫のように体を折って地面をのたうちまわった。


「いいガッツだぜ、記念に名前を聞いてやる」


 三ツ矢に髪をつかまれ、至近距離から話しかけられた。


「臭い息を吐きかけるな」


「いいねえ、若者はそれくらいがいい」


 立ち上がった三ツ矢が、もう一度蹴りを入れようとした。だが寸前で思いとどまり、質問してきた。


「小僧、いったいなにをやった。まだ右手の痺れがとれねえ」


「それが無泰流だ」


「なんだそりゃあ」


「おれの無泰流は、持たざる者の武術。ただの棒でも、世界を変える力がある」


「かっこいいじゃねえか。じつはおれにも自慢の”棒”があるんだ。どっちのナニが強いか勝負するか」


「くだばれ下衆野郎」


「怒んなよ、まじめ君」


 三ツ矢は右足を大きく上げた。それをふり下ろそうとしたときだった。


「そこまでだ!」


 宗一の声だった。


 ふり返り、夜は薄目で確認した。馬に乗った宗一が、弓で三ツ矢に狙いを定めていた。


 だがそれを紅いEXOギアが邪魔する。上空から突如として降ってくると、宗一の馬の前に立ちはだかった。驚いた馬が暴れて、宗一は落とされそうになった。


「遅いぞ」


 そう言った三ツ矢の体を、紅いEXOギアは両手で包み込んだ。飛び上がろうとするが、その前に三ツ矢が声を張り上げた。


「必ず戻ってくるからな、ヘドロ島!」


 紅いEXOギアは上空へ飛び上がり、猛スピードで東京方面へ飛び去っていった。


「夜、立てるか?」


 なんとか馬をなだめた宗一が、近づいて話しかけてきた。


「ああ、大丈夫だ」


 とはいえ目は半分しか開けられず、涙と鼻水と土で、顔はぐちゃぐちゃだった。たっぷりと時間をかけて立ち上がると、夜は胃液の混じった唾を地面に吐いた。


 乃雨はどうなったのだろう。村へ戻ろうかと考えていると、ヴァルナが村のほうから道路に現れた。続けて九条とトビーも歩いてくる。


「おお、無事か有村君」


 九条が夜に気づいて近づいてきた。


「九条さんこそ、無事でなによりです」


「ヴァルナが監禁されていた蔵に突っ込んできて脱出できたんだ」


「乃雨は大丈夫なんですか?」


「ああ大丈夫だ。彼女には横転したビッグトレーラーをもとに戻してもらう。いったん調査は中断して、神楽に帰るぞ」


 ちら、と九条は宗一のことを見た。彼が敵ではないことを夜は説明した。


「逃げたスパイから気になることを聞きました。『原始の炎』を消さないと、政府はこの島を沈めるって」


「言ってくれるじゃないか」


「どうやって守るんですか」


「安心しろ。『フォークボール作戦』がある」


「でもそれには『SAKURA』が必要なんじゃ……」


「なんとかなるさ」


 九条は夜の肩をぽん、と軽く叩くとトレーラーのほうへ去っていった。


「これでお別れだな、夜」


 宗一が言った。


「そっちも大変そうだけど、なにか手伝えることはあるか?」


「気持ちだけで十分だ。おれたちはどんな困難も、自分たちだけで乗り越えてきた」


 すると宗一が、首にかけていたものをとって差し出してきた。リコーダーの口をつける部分とよく似た形状の笛だった。


「竹笛だ。受けとってくれ」


 夜は宗一の意図を理解した。ヘドロ王も友と別れるとき、再会を誓って竹笛を渡すのだ。この笛を鳴らすといつでも駆けつけるとして。そのシーンの再現のつもりだろう。


 これがしたくて常に竹笛を持ち歩いていたのか。夜は笑いをこらえながら受けとった。


 ビッグトレーラーのもとへ向かう途中で、マギとも再会した。道の端でバスでも待つように立っていて、無言で通りすぎると、うしろをついてきた。


 彼女は言う。「終わったのか?」


「はじまったんだよ」


 ヘドロ島で想像を超えたなにかが起きている。なぜ政府が『原始の炎』を探しているのか、島を沈めたがるほどの理由とはなんなのか。そして『原始の炎』とはなんなのか。謎だらけだった。


 だがやるべきことに変わりはない。


 まずは自分と姉の居場所を作る。そのためにも島を守るのだ。

 その戦いは、はじまったばかりだ。

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