第27話 ヘドロ王の息子たち

 なにが親睦を深めるだ。


 小さな採光用の窓しかない木造の倉庫に閉じ込められ、早雲という男の正体を見た。


 夜は木箱の上に座っていた。

 やることもない。ただ壁にもたれて、ぼうっとするしかなかった。


 乃雨も同じように車椅子で暇そうにしていたが、マギだけは倉庫内の品を物色するために歩きまわっていた。


「ねえ、ホコリが立つんだけど」


 乃雨からクレームが出る。


「すまない」


 と言いながらもマギは懲りずに木箱のふたを開けたり、壺の中を覗いたりした。


「これからどうなるんだろうな」


 夜は乃雨に言った。


「あいつが話していたとおり明日には帰れるわ」


「なんでわかるんだよ」


「あいつは嫌な奴だけど、暴力を好むタイプじゃないわ」


「でも島の自然環境を三十年以上も造り続けているんだろ? 給料がでるわけでもないのに。普通じゃない」


「だからよ。島の自然を整備することと管理することにしか興味がないから、むしろ安全なの」


 と乃雨は言いきる。

 

 あれだけ敵意むきだしだったくせに、妙なところで信頼しているんだな。夜は思ったが、かといって自分まで警戒を解く気にはなれなかった。


「なあマギ、この前みたいにドアを吹っ飛ばせないのか」


「私は観測者だ」


 彼女はダンボールの中に入っていた古びた茶器を日光にかざしながら、興味なさげに言った。「干渉はしない」


「よく言うぜ。これだけ首を突っ込んでおいて」


「それにドアを破ったとしても、乃雨を連れて逃げ切るのは難しい」


「へえ、私に遠慮してんだ」


 意外そうに乃雨は言った。


「案ずるな。夜はおまえを置いて逃げるような男ではない」


「知ったふうに言うなよ」


 と夜は言い返したが、事実だった。


 ここはおとなしく待つしかないか。そう観念しかけたときだった。


 ドアの鍵を開けようとする音が聞こえた。誰かが入ってくる。だらっとした空気から一変、緊張感が高まった。


 夜は仕込み棒のことを思い出し、右手の汗をスボンでぬぐった。


 ドアを開けたのは宗一だった。

 彼はドアを閉めると、警戒する様子もなく、ずかずかと部屋の中央まで歩いてきた。


「先生には内緒で来た」


 宗一は蓑と笠を脱いでおり、その下に着込んだ白っぽい綿の肌着があらわだった。だがそれよりも目を引いたのは、左手に装着した流鏑馬の射手がつける射籠手いごてだった。

 射籠手は青色に近い藍色で、左手から左肩までを覆っていた。そこだけ色も材質もちがい、肌にピッタリとしているため、まるで寄生体に浸食されたように見える。ボトムスは射籠手と同じ藍色のたっつけ袴だ。スタイルも容姿もモデル並みなせいで、時代劇の役者かと思った。


「自己紹介が遅れた。おれの名前は駿河宗一。オーファンズの一員だ」


 宗一から促されて夜と乃雨とマギも、簡単に自己紹介した。


「さっきの話だが、あらためて聞かせてほしい」


「なんの話だよ」


 夜は言った。


「『原始の炎』についてだ。日本政府のスパイが探しているのは本当か?」


「本当だ。この目でスパイを見た」


「夜、その話をくわしく教えてくれ」


「昨日、警察が神楽に乗り込んできたのは知っているか?」


「知っている。丘の上から見ていた」


「傍観していたの!? 私たちは戦っていたのに」


 怒りの表情で、乃雨が車椅子のひじ掛けを叩いた。


「関わるなと先生から指示されたんだ。おれは加勢したかった」


「よく言うわ、薄情者」


「まあまあ」夜が仲裁に入る。「とにかく、そのときスパイも上陸してきたんだ。どさくさにまぎれて」


「そうか」


 訊いてきたくせに、なぜか宗一はそれほど興味なさそうだった。


「ところで、おまえたちは『原始の炎』を見たことがあるか?」


「いいや」


 夜は答えた。念のため乃雨を横目で窺うが、彼女もかぶりをふった。


「そうか」宗一は残念そうに言った。「ヘドロ王が探し求めた秘宝というが……ぜひ見てみたいものだ」


 聞いて夜は眉をひそめた。すると慌てて宗一は弁解した。


「き、気になっただけだ。他意はない」


「ふーん、気になっただけねえ」


 冷たい視線を送る乃雨。自分が追及する側だと容赦ない。


「じつは、もう少しで見つかりそうなんだけどな、『原始の炎』」


「本当か!?」


 夜が言うと、やはり宗一は食いついた。


「場所もだいたいわかっている。えっと……どこだっけ? ヘドロ王が暁の巨人と戦った場所」


「火牛の丘だ」


「そう。そこで戦ったあと、ヘドロ王と騎士たちは一匹の兎と出会った。戦いで傷ついた体を癒せる場所を探していたヘドロ王たちは、その兎からいい場所へ案内してやると持ちかけられた。だがこれはウソだった。王と騎士たちは、まんまと兎にだまされ、迷いの森の沼地へと誘導されてしまった」


「人食い大蛇が住む沼地だ」


「ああ、沼地のヌシだ」


「兎は人食い大蛇に呪われ、不死の体になっていた。ずっと死ねずに孤独だった」


「呪いを解くには、千の人間の魂を大蛇に捧げないといけない」


「だから沼地に人間を誘って大蛇に食わせていた」


「くわしいな」


「そっちこそ」


 夜は自然と口元をゆるめた。これで心置きなく情報を伝えられた。


「おれたちがつかんだ情報だと、『原始の炎』は迷いの森の沼地を抜けた先にある」


「十一番地区か……」宗一は自分の顎を持った。「たしか物語では、あのあたりは水も土も空気も毒に汚染された禁忌の地とされていたはず」


「だからヘドロ王と騎士たちは、そこを避けて通った」


「なるほど、おもしろい」


「おもしろいだろ?」


 なにがおもしろいのだ。オタク二人を不審そうに乃雨が見ていた。


「行ってみたくないか?」


「しかし先生の許可がなくては」


「残念だな。いっしょに冒険できると思ったんだが。ヘドロ王みたいに」


 やはり宗一は迷いを見せた。思ったとおりだ。こいつは絶対に落ちる。


 青い弓を見たときから、もしやと思っていた。ヘドロ王物語には“蒼い稲妻”の異名を持つ騎士が登場する。弓の名手で、青い大弓を使う。


「スパイを野放しにはできないわ」乃雨が言った。「あんたちのリーダーは、ことの重大さがわかっていない。命がけで警察と戦ったのは私たちよ。あんたたちはなにもしないの?」


「それは……」


 気にしていたのか、宗一は目を泳がせた。


「行こう宗一。おれたちで『原始の炎』を見つけるんだ。おれたちが先に見つけるか、スパイが先に見つけるか、ヘドロ島の命運をかけた大冒険だ」


 もう心は決まっているくせに、宗一は逡巡するふりをした。


 たっぷり時間をかけ、やがて決断したといわんばかりに、重々しい口ぶりで言った。


「わかった。先生には内密で行こう。おれが責任を持つ」


 しかたがないという体裁だけは保とうとした。しかし夜にはわかった。

 

 こいつはもう“蒼い稲妻”になりきっている。

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