第24話 オーファンズ、襲来

「この島の自然環境だが――」


 ずっと黙って窓の外を眺めていたマギが、久しぶりに声を発した。「おかしい点がいくつもある」


「なにを言いだすんだよ、急に」


 夜は眉をひそめた。


「よく見てみろ。ここは人工島だ。なぜ川がある? それにあれ」


 マギは人差し指で窓の外を示した。


「山まである。こんなに起伏の富んだ環境が、自然とできるはずはない」


 言われてみればそうだった。鳥や植物はともかく、川や山が勝手に生まれることは普通ない。


「いい勘しているわね」乃雨が言った。「そのとおりヘドロ島の自然環境は、すべて人工的に整備されたものよ」


「これ全部が?」


「ええ。ヘドロ島にある山も川も湖も、もちろんこの森も。島の自然を造成する専門集団がいるの。三十年以上前から島に住んで、いまも完成に向けて活動しているわ」


 にわかに信じられなかった。山や川を造るなんて、まるで神の事業だ。


「みんな静かに、無線が入った」


 九条が言った。


「オーファンズかな?」


 トビーはどこかうれしそうだった。


 車内のスピーカーから、男の声が流れる。よく聞きとれなかったが、引き返すように警告していることは雰囲気でわかった。


「止められるもんなら止めてみろ!」


 相手が喋っているのに、トビーは一方的に言うと無線を切った。そして広い車内にこう声を響かせた。


「みんな、戦闘準備だ」


 すでに乃雨はソファの横のクローゼットに手をかけて準備していた。開けると中からアサルトライフルを二挺とりだし、トビーに向かって投げた。


「戦争でもするつもりですか!?」


 驚いて夜は言った。


「向こうはそのつもりだ、有村君」


 九条が返してくる。


「ヴァルナは出すの?」


 乃雨が言った。


「焦るな乃雨。切り札はとっておくもんだぜ」


 トビーが答えた。


 さっそく非常事態だ。夜はソファで落ち着かなかった。逆にマギは窓の額縁に肘をつき、自分の吐息で雲ったガラスに落書きする余裕ぶりだった。


「夜はこれを」


 乃雨がクローゼットから一本の棒をとりだした。


「仕込み棒よ。誰も使わないから、あなたが使って」


 リレーのバトンくらいの大きさの棒だった。それを乃雨から受けとる。ステンレス製だ。スイッチを押してみろと乃雨から言わ、親指で押してみると、両端から勢いよく棒が伸びた。ギミックつきの棒とは珍しい。


「これを装着して」


 乃雨はさらにクローゼットから黒いフィンガーレスの革手袋と、その革手袋と釣り糸のようなワイヤーでつながったサポーターをとりだした。サポーターに仕込み棒を収納し、袖の下に隠し持つものらしい。


 夜は上着を脱いでから二の腕にサポーターを装着し、手袋をはめた。その状態で手を思いきり広げれば、ワイヤーに引っ張られてサポーター内のストッパーを解除でき、仕込み棒が落ちてくる仕掛けだった。実際にやってみると、ストンと勢いよく落ちてきて床に落としてしまった。練習が必要だろう。


「うしろだ!」


 九条が叫んだ。マギをどかして、夜は開けた窓から顔を出した。


 一頭の馬がビッグトレーラーを追いかけていた。人間が騎乗している。笠をかぶり、蓑をまとった時代錯誤な格好だった。それだけでもどうかしているのに、彼は大きな青い弓を騎乗した状態でかまえていた。


 放たれた矢は、貨物車の後輪に吸い込まれていった。


 ちょうどカーブに差しかかったところで、ビッグトレーラーは制御を失いだした。


「やられた!」


 九条がハンドルを必死になって抑えた。


「次の矢が来ます」


 夜は九条に向かって叫んだ。もう敵は二の矢をつがえようとしていた。


「乃雨、貨物車を切り離せ」

 

 トビーが指示した。


「でもヴァルナが――」


 乃雨はためらった。


「急げ、また撃たれる!」


 夜も言った。


 乃雨は決心して、壁にある緊急レバーを両手で引いた。


 コンテナだけが車両から切り離された。


 そのコンテナを、馬に乗ったオーファンズの人間はうまくかわし、さらに追撃を仕掛けてきた。


「もっとスピードは出せないのか」


 トビーが九条に言った。


「無茶ですよ! カーブを曲がっているです」


 九条から悲鳴にも似た声が返ってきた。


 これが罠だとわかったのは直後のことだった。カーブを曲がりきった先に、廃車を並べたバリケードが築かれていた。

 

 気づいたときは遅かった。九条はとっさにハンドルを切って急ブレーキをかけた。だがまにあわず、ビッグトレーラーは横転しながらバリケードに突っ込んだ。


 遠心力でソファから投げ出された直後、車内ごとひっくり返り、本当に「どんがらがっしゃん」と音をたてて、目の前が二転三転した。


 気がつくと、さっきまで覗いていた窓が足元にあった。


 そばで倒れていたマギに大丈夫かと夜は声をかけた。さすがにマギも驚いて声も出せないようだった。立てるか訊いてもうわの空だった。


 乃雨のことが心配になり、名前を呼んだ。すぐに返事はあった。うしろのほうで車椅子から投げ出されて倒れていた。夜は彼女のもとへ向かった。怪我がないことを確認すると、近くで転がっていた車椅子を戻した。


「みんな無事か?」


 頭を押さえながら九条が運転席から這い出てきて言った。どうやらドビーも運転席側の窓にしたようで、九条の背中に中年太りの腹をこすりつけながら出てきた。


「急いで脱出しよう」


 九条は言ってドアを見上げた。だがそれは、はるか天井にあった。

 

 車体は九十度回転していた。


「後部ハッチからなら出られるんじゃないのか」


 トビーが車の後部を指さした。


 貨物車は切り離したので、ハッチを開ければ外に出られるだろう。よじ登ることもできそうだ。しかし歩けない乃雨がいた。


「おれが先に出て、乃雨を引っ張り上げます」


 夜は後部ハッチまで歩いた。割れた食器やフォーク、鍋などが床に散乱していた。よく誰も怪我しなかったものだ。


 テーブルを足場にして、手を伸ばした。ドアを横滑りさせて開ける。


「いけそうか、有村君」


 壁をよじ登っていると、九条から心配そうに声をかけられた。


 なんとか登りきって、夜はドアのふちに股をかけた。


「乃雨を下から押し上げてください。こっちで引き上げてみます」


 そのとき首筋に冷たい感触が走った。


 そっと横目で窺う。いくつもの槍が地上から伸びて、夜を囲んでいた。


 異変に気づいた九条とトビーが、ライフルをかまえようとした。だが夜はそれを手で制した。


「動くな! 我らはオーファンズである!」


 男の声が背後から聞こえた。

 その声は車内にも届いたようで、九条とトビーが顔を見合わせた。


「銃を渡してもらおう。持っているのはわかっている」


 敵はいたって冷静だった。乃雨が九条たちのほうを見る。するとトビーは首を横にふった。乃雨は抗議するように両手を広げた。


「従わないと車に火を放つ。これは脅しではない」


 状況は不利だ。さすがにトビーも観念したようだった。九条ともう一度顔を見合わせると、いっしょにライフルから弾倉を抜いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る