第23話 新しい居場所

 神楽の街から一歩外へ出ると、そこは手つかずの深い森だった。


 道路も土で簡素に舗装されただけになり、ときどき車体が大きくバウンドした。


 夜は乃雨から渡されたヘドロ島の地図を眺めていた。


 島の輪郭をざっくりと描き、その中に県境のような線を入れただけの簡易的な地図ではあったが、ヘドロ王マニアとしては物語と比較するだけで楽しめた。


 神楽は、横長の形をした島の北西部に位置している。

 そのあたりが二番地区カグラで、ヘドロ島には全部で十一の地区がある。


 これから向かうのは十一番地区だ。ちょうど島の中央あたりにあった。


「ブナの森か」


 つぶやいたのはマギだった。怒と楽くらいの感情しかなさそうな女だから、窓の外を眺める表情にも変化はない。だがあまりにもじっと見つめていたので、夜も外を眺めてみた。


 あいにくの曇り空で、昨晩雨も降ったせいか、森はどんよりとしていた。霧もかかり、どこか異世界感すらも漂う。


 森には澄んだ川が流れていて、シラサギが黄色いくちばしを川面に突っ込んでいた。


 美しい光景だ。ここが海の上なんて、未だに信じられなかった。

 

 だがよく見ると、豊かな自然とまったく調和しない不純物の存在に気づいた。ところどころに転がる粗大ゴミだ。


 それをマギが不快そうに指摘した。


「あれは無法時代の遺物よ」


 添乗員よろしく乃雨が説明してくれた。


「長いあいだ多くの業者が、この島にゴミの不法投棄をしていたの。おかげでヘドロ島には、あと百年リサイクルに困らない量のゴミ資源が眠っているんだけど」


「自然が台無しだな」


 夜は率直な感想を述べた。


「島の人間だって業者からお金をとっていたし共犯よ。でも代表と雷神チームが来てからは、そういうのは全部禁じられた」


「みんな素直に従ったのか?」


「争いは起きたわ。神楽中の反社会勢力と代表たちとのあいだで戦争が起きた。七年前のことよ」


 その結果、代表たちが勝利して神楽の支配権を手に入れたというわけか。そこまでして彼らは、この島でなにをやりたがっているのだろう。


「そういえばEXOギアに『ヴァルナ』って名前をつけたの、乃雨なのか?」


 ぎく、という音が乃雨の胸から鳴った気がした。


「ヴァルナはヘドロ王の騎士で”優しき巨人”の異名をとる巨人族の騎士の名前だ。EXOギアにぴったりだよ」


「ほら見て小鹿よ、かわいい」


 いきなり窓を開け、乃雨は大声を出した。


「認めろよ、『ヘドロ王物語』のファンだって」


「ち、ちがうわ」


「なんで隠すんだよ」


「ちがうってば!」


 ムキになって窓を乱暴に閉める。これで怪しむなは無理な話だ。


「そろそろイカルガに着くぞ」


 運転席から九条の声が飛んできた。


 トビーからもバックミラー越しに「みんな警戒は怠るなよ」と指示があった。


「どうかしたのか?」


 彼らの口調から不穏さを察し、夜は乃雨に訊ねた。


「イカルガは七番地区の通称。そこは『オーファンズ』の根城なの」


「オーファンズ?」


「代表のやりかたに反発して、神楽から出て行った集団」


「そいつらも反社会勢力なのか」


「まあ似たようなもの」


「なんだか敵だらけだな」


「ヒーローの宿命さ」トビーが顔だけをうしろへ向けて、笑いかけてきた。「光あるところ闇ありってな。おれたちはあの輝く太陽なのさ」


 彼は親指で外を示すが、曇り空だった。


「なぜ雷神チームは、ヘドロ島に来たんですか?」


 かねてからの疑問を夜はトビーにぶつけた。


「代表と契約したからさ。 “おれの夢が叶うまで協力しろ”って」


「夢?」


「この人工島に自分の国を造るんだと。おかしいだろ?」


「最高だ、マジでぶっ飛んでやがる」


 九条も愉快そうに言い、ハンドルを叩いた。


「でもホントにぶっ飛んで、消息不明になったら世話ないけどね」


 乃雨がため息をついた。


「いま不在なのか?」


「少し前からフィリピンで音信不通。神楽の街は経済的にも政治的にも、代表の手腕ありきだったから、先が不安だわ」


「アルヴィンが捜索に向かった。きっと連れて帰ってくるさ」


 それと――。

 トビーは夜を一瞥してから乃雨に言った。


「あんまり喋りすぎるなよ。この坊やは部外者だ。東京に帰せなくなっちまう」


「それなんですが、お話があります」


 夜は姿勢をただした。

 トビーのほうに向きなおり、言った。


「自分を雷神チームで働かせてもらえませんか」


 予想どおり、妙な空気が流れた。


「聞いたか? 自分を誘拐した会社で働きたいんだとよ」


 ジョークだと思ったのか、トビーは笑いながら九条に言った。


「救いたい人間がいるんです」


「それって、昨日話してたお姉さん?」


 乃雨はまじめな顔で訊いてきた。


「ああ。居場所を作るにしても、まずは仕事を得ないと」


「あのな兄ちゃん、おれたちは治安活動だってやるんだ」


 トビーも冷やかしではないとわかり、真剣な顔になって言う。


「バーで暴れる酔っ払いや、路上でケンカするチンピラどもの仲裁が、おまえにできるのか?」


「腕なら自信があります」


「まあ、それはそうか」


 先日のことを思いだしたのか、トビーは自分の右膝をさすった。


「トビー、こいつはヘドロ王オタクの変人だし、ひとの家にオンナを連れ込むカスだけど、信頼はできるわ」


 もっと言葉があるだろう。と喉から出かかった抗議の声を押しとどめ、乃雨の推薦を夜は感謝した。


「でも社長、雇ってしまえば誘拐したこともチャラにできますよ」


 九条もひどい動機を語る。

 だがいまはどんな加勢もありがたかった。


「わかったわかった、雇おう」


 意外とすんなりトビーは承諾した。


「いいんですか!」


「おれに格闘戦で勝った男なんて、逸材に決まってるからな」


「断ればカッコ悪いって思ったくせに」


 九条から茶化されるも、トビーは大きな咳ばらいでごまかし、こう威厳たっぷりに言った。


「ただしアルバイトからだ。これから適性を見させてもらう」


「ありがとうございます」


「トビーだ。社長をやってる。社長でもボスでも好きに呼んでくれ」


「有村夜です。よろしくおねがいします」


「これからは先輩って呼びなさいよね」


 さっそく乃雨が意地悪な笑みを浮かべていた。

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