第17話 居場所
帰りも夜が車椅子を押した。
「てっちゃんに初対面で気に入られるなんて、めったにないよ」
「そりゃどうも」
手に入れたノートパソコンは、乃雨が膝に置いて大事に持っていた。
「てっちゃんは気に入った人間にとことん甘いから。この車椅子だって、てっちゃんが作ってくれた特注品よ」
「そんな職人が、なんで会社を失ってヘドロ島に?」
「原材料費の高騰と消費増税が同時にあって、資金ショートを起こしたって聞いたわ。しかも同じ時期に奥さんも病気で亡くしてね。生きる気力をなくして、死に場所を探してたら、ヘドロ島に流れ着いたそう」
「そうだったのか。ヘドロ島があったよかった」
「ここの住人には多いのよ。いろんな事情で居場所をなくして、最後にたどり着いたってパターン」
「だから哲治さんは、ここを”逃亡者の楽園”と言っていたのか」
「最後の楽園でもあるわ。こっから先は海。土俵際よ」
「街を守りたいって気持ちはわかる。けど『SAKURA』は単なる計算ソフトだぞ」
「どう使うかまでは知らないほうがいいわ」
「悪事だったら加担しない」
「私たちは戦いを避けるために動いているの、信じて」
「警視庁が強制執行に動きそうってニュースは聞いた」
「なら話が早いわね」
「でもどうやって警察はヘドロ島を奪還する気なんだ? ヘドロ島の面積は、人口百万人の世田谷区を超える。日本中から警察官を集めてくる必要があるぞ」
「
「本物の戦争みたいだな」
「だから開戦だけは絶対に避けなきゃダメなの」
「もし戦争になったら、乃雨はどうするんだ?」
「そのときは――」
しばらく考えるように彼女は押し黙った。やがて開きなおったように言う。
「夜にだって守りたい家族がいるでしょう? 私にとっては街のみんなが家族なの」
「おれは家族を守りたいなんて思ったことはない」
「なんで?」
「教えない」
「そっか、親が嫌いなんだ」
あっさり見抜かれる。その理由はすぐにわかった。
「私と同じね」
「そういえば乃雨の両親は、家にいないのか?」
「出て行ったわ。父は研究員だったけど、仕事人間でほとんど家にいなかった。母はそんな父に愛想を尽かして、私が子供のころ、他の男といっしょに出て行った」
「おれの使っている部屋って、まさか――」
「お父さんの書斎よ。もう何年も帰ってこないし、気にしないで使って」
その口ぶりからは執心や愛着といったものは微塵も感じられなかった。とっくに吹っ切ったのだろう。
「でも姉には恩返しがしたいんだ」
「夜にもお姉さんがいるんだ」
「歳が六つ離れてる。家族のためにずっと自分を犠牲にしてきた人なんだ」
「私のお姉ちゃんとそっくりね」
「お互い姉には頭が上がらない感じか」
「みたいね」
乃雨はくすくす笑った。
「どこかに彼女の居場所を作ってあげたい。新しい人生を送ってほしいから」
「じゃあ、お姉さんと神楽に住んでみる?」
「それもいいな」
冗談だとわかっていたから、夜は笑った。
しかし見上げる乃雨の顔は、真剣だった。
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