第13話 命がけの交渉

「じゃあ『SAKURA』は手に入らなくてもいいんだな」


 夜は思いついたことを急いで口にした。


「どういう意味だ?」


 スマホを操作していたウパニシャッドの眼球が、夜のほうまで滑ってきた。

 

 覚悟を決めろ。すでにトロッコは走りだした。もうゴールまで、正解のレールを選び続けなくてはならない。


「南条先生は『SAKURA』がテロリストに悪用されることを一番恐れていた。じつは公安とのホットラインがあるんだ。先生の大学時代の先輩に警察官僚がいて、なにかあったときに保護してもらう手はずになっている。もし教え子のおれが不自然に消息を絶てば、先生は必ず警察に連絡する。そうなったら『SAKURA』は手に入らなくなるぞ」


「そんなハッタリが通用すると思ったのか」


「じゃあ好きにしろよ。きっと後悔するけどな」


 唇がぱりぱりに乾いていた。ウパニシャッドの目を、じっと強気に見つめ返す。向こうは品定めするような目だった。ここで引いてはいけない。


「おれなら『SAKURA』を作れる」


「おまえが?」


「理論の基礎はわかっている。先生から学んだ。コピーくらいなら作れる」


 さあ、どうする。ウパニシャッドの目に、興味の色が浮かんだのを夜は見逃さなかった。


「ウパニシャッド、こいつには利用価値があるわ」


 乃雨が訴えた。


「できるというのなら、やらせてみようじゃないか」


 風間も援護する。


「わしは、おまえさんたちに任せる」


 最後に店長だった。彼もこの連中の仲間なのだろうか。結論を待たず、「明日の仕込みがあるんでな」と残して、奥の厨房へ消えていった。


 ウパニシャッドからの回答を待った。そのあいだも夜は、彼の視線と対峙し続けた。一瞬でも目をそらしたら終わりな気がしたからだ。


 永遠のように長い時間が流れた。

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