ヘドロ王物語・序

 ヘドロ王は、小さな小さな国の王だった。


 ヘドロ王の国は、たくさんのゴミであふれていた。なぜなら近くの国々が、ゴミを川に捨てるからだった。そのせいで彼の国は、いつも汚いヘドロでおおわれていた。


 人々は彼のことを『ヘドロ王』と呼んで、笑いものにしていた。


 ある日、そんなヘドロ王のもとに、一羽のカラスが現れた。


《時が来た、ヘドロ王よ》


 カラスは木の枝に止まると、言った。


《定められし運命に従い、旅立ちの準備をせよ》


 ヘドロ王は鹿狩りからの帰り道だった。馬を止めて、王はカラスに問うた。


「私になんの運命があるという」


《この世界の真の王となるのだ》


「真の王とはなんだ」


《真の王とは究極の力、『原始の炎』を手に入れし者》


「『原始の炎』とはなんだ」


《神々の秘宝にして究極の兵器。その炎は人類を焼きつくしてもなお燃えつきず、やがて灰から新たな世界を創造する種火となる》


「私に人間を滅ぼせというのか」


《それは王たる者の自由》


 カラスは「カア」と一つ鳴き、ヘドロ王の肩にとまった。


《王よ、幻の島で『原始の炎』を探すのだ》


「悪しき者に利用されてはならぬ。よかろう、私が『原始の炎』を見つけてこよう」


 ヘドロ王の前に美しい女性が現れた。カラスの正体は魔女だった。彼女はミュールスと名乗った。


 ミュールスが呪文を唱えると、魔法の門が現れた。


 幻の島は、海の上を自由に動けた。

 近づこうとすれば遠ざかる魔法で守られており、ミュールスの開いた魔法の門からでしか行けなかった。


「二度と戻れなくなってもいいか?」


 ミュールスから問われるが、ヘドロ王は恐れることなく歩を進めた。


 魔法の門をくぐった先に広がっていたのは、手つかずの自然と見たことのない動物たちだった。


「我こそはヘドロの王! 聞け、島に生きとし生けるものよ」


 このときヘドロ王の声は、島じゅうにこだましたという。長い眠りについていたドラゴンや巨人族が目を覚ましたのも、このときだった。


「これより島はヘドロ王が治める。ここにヘドロ島と名づけよう。従う者には祝福を、はむかう者には死を!」


 ヘドロ王と魔女ミュールスが最初に向かったのは、リュウインの花が咲き乱れる常世の泉だった。


 そこは豚の頭をした半獣半人の怪物、コンスゴウのなわばりだった。


 コンスゴウは大きな斧を枝のようにふるう怪力の持ち主で、いままで一度も戦いに負けたことがない。


「ヘドロ王だと? 人間め、叩きのめしてやる」


 その鼻息で、泉じゅうのリュウインの花びらが舞い散った。


「見ろミュールス、季節はずれの雪だ」


 ひらひらと落ちてくる純白の花びら。

 そのあまりの美しさに、ミュールスもため息を漏らした。


 このときまだヘドロ王は知らなかった。

 この冒険が、世界を変えてしまうほどの意味を持つことを。

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