第6話 焼肉よりも……

「では二人とも、あとのことは頼んだぞ」


 かばんを担いだ望月が、スキップしながら夜の前を横ぎっていった。


「もうっ、先輩ズルいですよお」


 コピー用紙の束を机に叩きつけて、ハム子が抗議した。


「ビラ作りはきみたち下級生の仕事だ。明日の朝までに終わらせたまえよ。それでは、ぼくは南条先生の決起集会に赴くとしよう。わはは」


 やきにくやきにく~、とわざとらしく大きな声を廊下に響かせながら、望月は去っていった。


「みんなが先生から焼肉をおごってもらうというのに、どうして私たちは残業なんですか!」


「下っ端だからね」


 ノートパソコンのエンターキーを押すのと同時に夜は言った。


「有村さんは悔しくないんですか!」


「しょうがないよ。それよりさっさと終わらせて早く帰ろう」


「この前あんなショーまでやって貢献したのに。そんなんじゃ有村さん、将来ブラック企業とかで使い倒されますよ」


「はいはい気をつけます。それじゃ口よりも手を動かそうか」


 ビラの新しいレイアウトを考えるのは夜の仕事だった。コンテスト参加者はまだ想定の半分ほどしか集まっていない。そこで夕方になって突然この仕事を望月から命じられたのだ。


「あーあ、私も焼肉食べたかったですう」


 ぐったりとハム子は机に突っ伏した。体が溶けだしたのかと一瞬思ったくらい平べったくなった。よほど楽しみにしていたのだろう。


「ひと段落ついたらコンビニで焼肉弁当でも買って食べよう。がんばってくれたら、お茶くらいおごるから」


「有村さんてホントまじめなんだから」


「そうでもないさ。じつはちょっとワルいことも企んでいてね」


「ワルいこと?」


「ピラミッドの暗号を先に解読してみようと思うんだ」


 ふーん、とハム子は気の抜けたような反応しか返さなかった。しかしすぐに「えええ!? 本気ですかあ」と立ち上がって叫ぶ。


「前から気になっていたんだ。望月先輩の話には、単なるオカルトで片づけられない説得力もあるし」 


「で、でもマズいですよお。世界が滅びちゃいます」


「そんなまさか。ただの数字遊びだよ」


「望月先輩にはなんて説明するんですか」


「もちろんナイショさ。もし恐いのなら、ハム子ちゃんは家に帰ってもいいんだぜ」


 するとハム子から「うう……」と小動物の鳴き声のような呻きが漏れた。


「こう見えて私、好奇心の強い女なんですう……」


「じゃあ決まりだな。さっさと仕事を終わらせて四千年の謎に挑もう」

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