五月の章

ゴールデンウィーク -1-

 ゴールデンウィークに入って三日目。

 広さ故なのか、壁の厚さからくるものなのか。普段から騒がしさを感じることがない鷹鷲高校の男子寮が、今日はますます静まり返っている。多くの生徒は帰省しており、寮に残っている人数は僅かだ。

 東條は自室の、二段ベッドの下段に胡座をかき、時代小説のページをめくっていた。今日読んでいる本は、江戸の幕末を舞台にしたものだ。

 自室といっても、バトラーには個室がない。一部屋に四つの二段ベッドが置かれており、八人で一室を利用する。部屋のあるフロアも地階で、半分地下にある。窓は天井付近に細長く、気持ち程度の明り取りがあるだけだ。壁はレンガが剥き出しの状態で、クラシカルさはあるが、威圧感がありどこか薄暗い。

 今日の東條は、ロングティーシャツの上にカーディガンをはおり、下はごく普通のジーパンという、非常にラフな格好をしていた。

 廊下を歩く足音が聞こえてきて、東條は顔を上げる。

「たーだいまー」

 ガチャリと扉を開け、部屋に入ってきたのは白石だ。彼は体に馴染んだコックコートを着ている。

「おかえり、おつかれさま。今日のメニューは?」

 東條は問いかけると、手製の栞を挟んで文庫本を閉じた。

「なんと山形牛のステーキが残ったんで、サンドイッチにしてみました」

 白石はニヤリと笑うと、ごく自然に東條の横に腰掛ける。白石のベッドは、東條のベッドの上段だ。厨房から持ち帰ってきた包みから分厚いサンドイッチを出すと、一つを東條へと手渡す。

「おお……豪勢だな」

 肉の厚みに感動しつつも、東條は礼儀正しく「いただきます」と言ってからかぶりついた。自然と表情が緩む。

 そんな東條の様子を楽しげに見てから、白石も自分のサンドイッチを取り出し、食べ始めた。数口、まるで味見するようにしっかりと咀嚼して、

「うん。いい味付け」と頷く。

 鷹鷲高校では、希望を出すことで寮や学校内でのさまざまな仕事を請け負うことができる。そこで働いた分の報酬は外部でバイトをするよりもよほど高い。よって、バトラーのほとんどは、校内のどこかでカリキュラムとは関係ない自分の仕事を持っている。

 寮に住んでいる限り、バトラー自身の生活にはいっさいの費用はかからないのだが、貴族であるマスターと違い、バトラーは平民だ。金銭的に苦しい家庭が多く、彼ら自身が校内で働くことで家へと仕送りをし、家族の生活を支えている。

 白石はシェフの任についていた。彼は今まで、厨房でマスターたちのランチを作っていたのだ。

 長期休暇であろうとも、さまざまな事情や各自の希望で、寮に残っている生徒はいる。バトラーは帰省していようがしていなかろうが、放任されるのでほとんど関係はない。だが、マスターを同じような扱いにしておくわけにはいかない。

 白石は厨房を任されているシェフであるがゆえに、本人の希望ではなく必要に迫られて学校に残っていた。

 東條はサンドイッチをペロリと食べてしまうと立ち上がり、部屋の隅に置いているジャーからコップ二つに水を注いだ。うち一つを白石に差し出す。

「ごちそうさま、美味しかった」

「おそまつさま。東條は午後何か用事があったんだっけ」

「いや、特には。シェフ殿と違って、僕は休暇を満喫しているよ」

 水を一口含んでから東條はそう言って、先ほどまで読んでいた文庫本を指差す。それを見てから、白石もサンドイッチを食べきると軽く伸びをした。

「じゃあ何かするか。一日中部屋に篭って本読んでるってのはもったいない気がする」

「僕はそれでいっこうに構わないが」

「薔薇の迷宮に行こうか、今がちょうど見頃だろ。マスターのお付きで行ったんじゃのんびりもできねぇし、今なら人も少ないだろうから」

 東條の返事を意に介さず、白石はコックコートを脱ぎ始めた。ベッドサイドに備え付けられているキャビネットから、黒のジャージを取り出すとそれに着替える。

 相談されているようで勝手に決まった予定に、東條は軽く笑った。

 鷹鷲高校では、入学してからクラスや寮の部屋が変わることはない。つまり東條と白石は、入学してからずっと同じベッドの上下に寝ている仲だ。もはや気心はしれている。

 そして、同じベッドを共有している相手だから、というのを差し引いても、東條は白石の多少強引な性格を好ましく感じていた。

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