春のお茶会 -2-

 近づいてみれば、そこにいたのは帝王科の男子生徒が二名に、執事科の女子生徒が一名。女子生徒が薔薇の壁の方へと追い詰められるような位置関係で、この場に漂っているのが良からぬ雰囲気であることは、ひと目でわかった。

「何か問題がございましたか」

 東條は、あえて何も察していないように、朗らかな声をかける。

 と、男子生徒二人は慌てて東條の方を振り向いた。その時、彼らのうち一人の手が女子生徒の体に触れていたところから引っ込められた様子を、東條は見逃さなかった。

 しかし彼らは東條の姿を確認してから、軽く馬鹿にしたような笑みを浮かべた。声をかけてきたのがバトラーであることを認識したからである。

 男子生徒二人の名は、それぞれ三上修斗みかみしゅうと早川幸也はやかわゆきやだった。東條は学校に在籍するマスター全員の顔と名前を把握している。

「何でもねぇよ。俺たちのことは気にしなくていいから、仕事に戻れ」

 修斗が返事をする。だが、東條を見た女子生徒の方は、助けを求める眼差しを東條へと向けてくる。

「その者にもやらねばならぬ仕事がございますので、そろそろお暇しても宜しいでしょうか。ほら、おいで」

 東條が呼びかけると、彼女は助かったとばかりに二人の脇を通って東條の方へと向かおうとした。けれども、より彼女の近くにいた幸也が、その腕を掴んで引き止める。

「待った。僕たち『行って良いよ』なんて一言も言ってないよね。何ご主人さまに逆らってるの?」

「お前もだよ。仕事に戻れって言ったよな。聞こえなかったか?」

 幸也が捉えた女子生徒の顔を覗き込み、修斗が圧をかけるように東條へと近づいてくる。いっそう場に張り詰める緊張感。もはや穏便に済ますことはできないかと、東條が腹をくくりかけたその時。

「ここの薔薇は綺麗だな。お前たちだけの穴場か?」

 突然、東條の背後から声がかかる。そこには、スラックスのポケットに片手をかけ、たまたま通りかかった、という様子の宗一郎が立っていた。

 その姿を目にし、今まで強気に出ていた修斗と幸也の態度が、明らかに怯む。幸也は女子生徒の腕から、ぱっと手を離した。彼女はその隙に東條の後ろへと隠れる。

「花を愛でるにはちょうど良い場所だ。つい長居したくなる気持ちはわかる。だからといって、バトラーの務めの邪魔をするのは感心しないな」

 宗一郎もまた、この場で何が行われようとしていたのかは察していた。しかし、直接の言及は避けつつ、二人に対して遠回しの圧をかける。

「なんだ、宗一郎。人聞きが悪いな、邪魔なんてしていないさ。大変そうだったから、ちょっと休ませてやろうとしてただけだ……お前たち、もう行きなさい。俺たちも席に戻る」

 修斗は引きつった笑顔を浮かべ、早口で捲し立てると踵を返した。幸也もまたそのあとに続く。

 彼らが去っていく様子を見て、東條はホッとして吐息を漏らした。女子生徒もまた同時に体から力を抜く。

「大丈夫かい? もし気分が悪ければ、保健室へ。彼らを訴えるなら僕も同行するよ」

 東條は背後の女子生徒の方へ振り向くと、声を抑えて言った。

 だが彼女は首を振ると、そのまま東條と宗一郎に向けて深々と頭を下げる。

「いえ、そこまでは……助けていただいて、本当にありがとうございました」

「宗一郎様、ありがとうございました」

 東條はそうかと頷くと、自身も彼女の感謝の言葉にあわせ宗一郎の方を向いて頭を下げる。

「いや、俺は何もしてないからな。初めに事態に気づいたのは東條だし」

 宗一郎は軽く視線を落とし、吐息混じりに言った。東條も宗一郎も、詳しく何があったのかは問わない。聞けば彼女の尊厳を傷つけることになるし、聞かなくても分かるからだ。

 幸也も修斗も貴族の子息だ。家に帰り彼らが望めば、できないことは少ない。だが学校の中では、女性との接触機会は限られている。

 久しぶりに同年の女性と近づき気分が高揚するのは、思春期の男子としては当然のことだ。だからといって、そこで同じ帝王科の女子生徒にアプローチをかけるのではなく、執事科の女子生徒に、立場を利用して迫るなどということは、恥ずべきことだ。

 宗一郎は自分と同じ立場の者の振る舞いに、恥ずかしさを感じていた。

「迷惑をかけた。同じ帝王科に所属する者として、代わりに詫びよう」

「いえそんな、宗一郎様がお気になさることでは……!」

 宗一郎に詫びを述べられ、女子生徒が恐縮する。その様子を見て、東條は内心で宗一郎のことを見直しながら二人を促す。

「それでは、そろそろ会場に戻りましょう。あなたも長らくここに足止めされていたのでは? もう少し早く気づいてあげられれば良かったのだが」

「いえ、お助けいただいただけでもう十分です。しかし、たしかに長らく茉莉花まりか様のおそばを離れてしまいました……あ、わたし、鈴木すずきみことと申します」

「わたくしは東條です」

 会場の方へと足を向けながら、お互いに名乗る。だが東條の名乗りを聞いて、鈴木はくすりと笑った。

「はい、存じ上げております。東條さんは入学式で代表挨拶をされておりましたから」

 鈴木の言葉に、東條は軽く指先で頬をかく。

「お恥ずかしい限りです」

「へぇ。そうだったのか。俺などは帝王科の入学式で誰が挨拶していたかなど憶えていないが、やはりバトラーは記憶力が良いのかな」

 一方、興味深そうに宗一郎が問い返す。

「東條さんたら、新入生代表挨拶があったのに、入学式に遅刻されてきたのですよ。先生がたの慌てていたことといったら……でも到着されてから、その遅刻の理由も含めて、臨機応変に素晴らしい挨拶をされていたから、とても印象に残っていて」

「もう、からかうのはそのくらいになさってください」

 褒められているのか、弄られているのか分からない鈴木の言葉に、東條は形の良い眉を下げる。と、会場に戻ってきた三人に近づいてくる、帝王科の女子生徒がいた。制服のドレスが美しい南方みなかた茉莉花。鈴木の今日の担当である。

「もう、お茶会の間は私のおそばを離れないと言っていたでしょう? どこに行っていたの、心配したのよ」

 茉莉花は細い腰に手を当て、鈴木に問いかける。彼女は、鈴木と並んで歩いてきた宗一郎と東條には警戒するような眼差しを向けた。その態度に、東條は鈴木から離れるように、一歩横へ引いた。

 異性が苦手な者というのは男女問わず存在するが、帝王科の女子生徒は特に男性に慣れない者が多い。異性と接する機会が少ない育ち方をするお嬢様にはいたし方ないことだ。そして東條は、そういった相手に対する態度を弁えている。

「茉莉花様、大変申し訳ございません。ご不便はございませんでしたか?」

 鈴木は慌てて茉莉花のそばへと走っていく。

「私、たくさんの方とお話をして、もうくたびれてしまったの。お部屋に戻りたいわ」

 茉莉花は甘えるような声音で話し、鈴木の手を取った。ただ触れるだけではなく、指と指を絡める、いわゆる恋人繋ぎというやつだ。鈴木もまたごく自然に茉莉花の手を握り返す。

「はい、ではまいりましょう」

 鈴木は言うと一度だけ振り返り、東條と宗一郎に軽く頭を下げる。そして、彼女は茉莉花と手を繋いだままガーデンを抜けていった。

「女子部はやはり、バトラーとの雰囲気もだいぶ違うようだな」

 遠ざかっていく二人の背中を見送り、宗一郎がしみじみと呟く。

「宗一郎様がお望みでしたら、わたくしも手をお貸しいたしますよ」

 続く東條の淡々とした返答に宗一郎は吹き出し、低くくつくつと笑い声を漏らしていた。

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