春のお茶会 -1-
鷹鷲高校の敷地内にあるイングリッシュガーデンは、日々専属の庭師により丹念に手入れが施されている。
元より学校の敷地内は東京都内であることを忘れそうになるほどに緑が豊富だが、校舎、男子寮、女子寮の中央に位置するイングリッシュガーデンには、さまざまな種類の草木が生い茂っている。一見自然に生えたそのままのように見えるが、その実、計算され尽くした人工的な自然である。
そして、そんなガーデンが最も見頃を迎えるのが、春という季節。
オールドローズが咲き初めて芳香を漂わせ、クレマチスがさらに華を添える。アジュガが地面を彩り、コデマリの白い花が幻想的な景色を作り出す。花のない木々の若葉や、多種多様なハーブも瑞々しい生命力に溢れている。
今、ガーデン中央の芝生には、たくさんのテーブルが設置され、目にも美味しいアフタヌーンティーセットが並べられていた。
席について、お茶にお菓子に談笑にと楽しんでいるのは三年生のマスターたち。普段は交流がまったくない男子部と女子部だが、今日のお茶会は共同での開催のため、女性の姿もある。
執事科は男子も女子も全く変わらない制服だが、帝王科の女子部は、ドレスのようなデザインの制服も選ぶことができる。さらに髪を美しく飾っている生徒も多いため、お茶会の華やかさは一般的なパーティと何ら遜色ないものになっていた。
バトラーたちはそんなお茶会を支えるため、全員で裏方や給仕に尽力している。
東條は紅茶の入ったポットを手にテーブルの間を歩いて、空になったカップを満たして回っていた。一通りやることがなくなったのを確認し、会場の端の控えに向かう。
そこへタイミング良く同じように戻ってきた者の表情に、東條は視線を向けた。
彼は水島と同じく、東條と寮が同室でクラスも同じ。学校内で最も東條と交友の深い
「どうした」
東條が問いかけると、白石は顎先で一つのテーブルの方を示した。示された先には、席についた宗一郎と、そのそばに立っている水島の姿があった。
同じテーブルについている女子部の生徒達は、身を乗り出さんばかりに宗一郎との会話を楽しんでいる様子。水島を交えて談笑は盛り上がっており、それ自体に問題はない。
「あいつ、ずーっとあそこにつっ立ってんだよ」
「ああ……水島か」
白石と東條はお互いに会場の方を向いた。何か己が必要されることがないかと視線を向けながらも、抑えた声で会話を始める。
「今日僕の担当が宗一郎様なのだが、朝部屋まで来ていたぞ。宗一郎様がいいっていうからって、ずっとタメ口だった」
「三日前に宗一郎様の担当になってから、ずっとあんな調子だよな、あいつ。まあ、宗一郎様は担当になった奴全員に、敬語使わなくていいって仰ってるらしい。水島ほど遠慮なく接してるやつはいないけど、それにしても最近色んなやつがタメ口使い始めてるよな」
「そうだったのか……」
その現象について気づいていなかった東條は、しみじみと呟く。
「東條はタメ口でいいって言われなかったのか?」
「謹んで辞退させていただいた」
東條の短い返事に、白石は軽く吹き出す。
「俺としては、宗一郎様が良いなら敬語使わないのは良いんだが、ああやってずっとベッタリなのはどうかと思うよな。仕事しろよとも思うし、魂胆が見え見えっていうか」
「魂胆?」
問い返すと、白石は横目でちらりと東條を見てから、口角を上げてにやりと笑った。
「そりゃあ、あの常陸院家だぞ。召し抱えてもらえる相手を選べるなら、誰だって宗一郎様に選んでもらいたいだろ」
「選り好みしている場合か、四〇人程度は誰にも選んでもらえないんだぞ。あんな態度では、他の方々からの印象は最悪だろう」
「よっぽどの勝算があるんじゃねぇの。宗一郎様も満更じゃなさそうだしな」
白石の言葉通り、確かに宗一郎は水島との会話を楽しそうにしている。東條は水島のことを入学当初から知っているが、元より彼は明るい性格で、話術も巧みな方だ。
それならそれで構わないかと、東條は腑に落ちないものを感じながらも、彼らから視線をそらす。と、その先に見えたものに、再度意識を持っていかれた。
背の高い薔薇に囲まれたガーデンの一角に、数人の人影が見えた。何でも無い光景のように見えて、東條の中で何かが違和感として引っかかる。
東條は白石に後を任せ、そちらの方へと向かうことにした。
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