中編(1)
夜葉の住んでいる部屋の前で、声を出しながらしつこく呼び鈴を鳴らす。夜葉はなかなか出てこない。冷静になって考えてみると、今この部屋にいるのかわからない。夕方にはあの事件を起こすんだから、どこか隠れ家にでもいるかもしれない……なんてことを考えていると、突然扉が開く。
「なんなの?朝妃。近所迷惑でしょ」
夜葉の言うことはもっともだけれど、それよりも夜葉の声を聴けたことに感動してそれどころではない。
「あ、あの…えっと」
「…まあ、とりあえず入ったら?」
そういって夜葉は私を部屋にあげてくれた。夜葉はいつもより少し雰囲気が暗い気はするけど、特におかしい様子はない。あの事件を起こそうとしているのに、こんなに冷静にいられるものかしら。いや、相当な覚悟で実行しただろうし、冷静でもおかしくない……かもしれない。
「で、急にどうしたの?用がないなら早く帰って欲しいんだけど」
夜葉が尋ねてくる。よく考えたら、よく考えずに特攻してきてしまった。なんと切り出せばよいのかわからない。
「さ、最近忙しいって言ってたけど、突撃すれば会えるんだね?」
「…今日はたまたま休みを取ってただけ。それに、朝妃も普段会社に行ってる時間でしょ。連絡もなしに突然来て、しかもあんなに騒いで呼び鈴鳴らして。何の用なの?」
少し苛ついて見える。やっぱりこの後予定があるから、早く帰らせたいみたい。私を家にあげたのも、その方が早いと思ったからでしょう。もしくは近所から怪しがられるのを避けたのかもしれない。
「その、夜葉に会いたくて。会社も休んじゃった。どう?最近」
「どう、と言われても。忙しいけどこれと言って何かあるわけでもないよ。雑談したいだけなら、私が落ち着いてからにしてほしい。今日は一人で居たい気分だから」
「い、いいじゃない、あまり会えてなかったんだから。今日は休みなんでしょ?何か手伝えることがあるなら手伝うし、相談にも乗るよ?」
「……朝妃、なんか変だよ。何か企んでるの?そうじゃないなら、家で休んだ方がいいよ」
疑われてしまった。まあ、無理もないわね。こんな態度とったことなかったし、部屋に入れてもらう方法も強引だったし。もっと説得方法を考えてから行動すべきだった。
「じゃあ正直に言うけど、バカなことはしないで。大勢の人を殺して、何になるの?お願いだから、もう一度考え直してよ」
「っ!どっ、こで、その話を?」
「どうだっていいでしょ。そんなこと。とにかく落ち着いて。何か問題があるなら、私も協力するから。ね?」
「……わかった。話すから、ちょっとそこで待ってて」
そう言って部屋の外に出る夜葉。やった。これで事件を止められそうね。いやいや、これからの対応もしっかりしないと、いつ気を変えるかわからない。気を引き締めないと。そんなことを考えていると、突然、夜葉が私に近づいてきた。同時に、腹部に強烈な痛みを感じる。
「え?」
「ごめん朝妃。いくら朝妃でも、相談はできない。これはもう決めたことだから。さようなら」
そう言う夜葉の声を聞きながら床に倒れる。刃物でお腹を刺されたみたい。ああ、やっぱり私なんて、夜葉にとってはこの程度の存在だったのね……。親友だと思う程度には仲良かったつもりだったんだけど。私がしっかりしていれば、夜葉を止められたのかしら…。もう意識を保つことができない。このまま目覚めることはないんでしょう。
私は天井を見上げながらゆっくり目を閉じた。
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