第28話 鈍感令嬢と聖女


 兄は――いやもうこの際無礼を承知で馬鹿兄と呼ぶが、私の迎えにとんでもなく派手な馬車をよこした。

 どうせならドラセナ城に迎えに来てくれればよかったものの、わざわざレ・ケーリョの森の村を待ち合わせ場所に指定してきた。

 八百屋の店主の顔がひきつっている。


「お兄様、何でこんな天馬で迎えに来ますの!?」

「気に入らなかったか? 純白の天馬にしたんだが」

「白い天馬に国王陛下の紋章入りの白い馬車なんて、目立ちすぎますわよ!」


 私たちを乗せた馬車は、既に空高くを舞っている。

 王都内では転移魔術が使えないため、馬車を多く用いるのだが、まさか天馬を繋いでくるとは思わなかった。

 普通に陸路で良かったのに。


「なに、村人へのけん制だ。幽閉されているお前に、ひどい扱いをする者がいないとも限らん」

「皆様親切にして下さっているのに……もう」


 兄はじろじろと私の姿を見ている。

 右手の中指にはめた、魔王からもらった指輪に気づかれたのかとひやひやしたが、魔王の言う通り、それは見えていないようだった。


「……地味な装いのお前も愛らしいな。何というかこう、気を張っていない感じが良い。私だけに見せてくれている姿なのかも、と思える」

「おえ……あっ申し訳ございません、つい素が」

「素を見せるほどに心を開いてくれている、ということだな。ははは」


 だめだこの兄、ポジティブシンキングすぎる。

 そう考えながら私は、少しばかりの空の旅を、げんなりしながら過ごした。


 私が王都への立ち入りを禁じられていることと、聖女が多忙なこともあり、聖女に会う場所は王都から少し外れた修道院と指定されていた。

 新しく建設されたという修道院は、やけに大きくてぴかぴかだった。

 馬車を降りて中に入った私は、その華美さに目を見張る。

 宝石がちりばめられ、金もふんだんに使われている。全て本物だ。


「な、なんですのここ! 王宮みたいな装飾ではありませんこと? 本当に修道院?」

「これが今国王陛下の頭を悩ませている元凶だ。金のかかりすぎる修道院をあちこちに建てている。だが国民は満足しているし、何より聖女への信頼が凄い」

「白い魔素は、黒い魔素に唯一対抗できますから。かといって、魔王が封じられている今、魔族がそれほどの脅威であるとは思えないのですが」


 魔族よりも、こんなお金ばかりかかる修道院をあちこちに建てることで国庫が傾き、増税や外貨調達といった政策を取らなければならない方が恐ろしい。

 そう考えていると、灰色の衣服に身を包んだ修道士が音もなく兄に近づき、何か耳打ちした。


「……聖女が今から来るそうだ」

「承知しましたわ」


 私は修道士が戻っていった方に何気なく目をやり――そこに聖女の姿を認めた。

 美しく広がった桃色の髪。純白の絹でできた修道服。

 耳には翡翠色の目と同じ色のペリドットを飾り、胸から下げたネックレスにはサファイアとルビーが埋め込まれている。

 俗っぽい出で立ちとは裏腹に、その眼差しはやけに冷え切り、何かにんだように生気がなかった。


「……」


 怖い、と思った。

 美しい玉のような色を持つ瞳には、聖女らしい温かみや威厳、優しさは見えない。

 代わりに人間離れした闇が宿っていた。


「アマリリス・デル・フィーナ様。ようこそおいで下さいました」


 放たれた声は凛々しく、頼もしさを感じた。カリスマ性がある、とでもいうのだろうか。

 私は正式なお辞儀をする。


「聖女様におかれましてはご機嫌麗しゅう。アマリリスでございます。幽閉された身なれば、名前でお呼び頂けますと幸甚こうじんです」

「ではアマリリス。――何と膨大な量の呪いを背負われていることでしょう。やはりドラセナ城にうら若き令嬢を幽閉するとこうなるのですね」

「元々呪いの品々を集めるのが趣味なので、それも影響しているのだと思います。私、呪いの影響を受けませんので」

「『鈍感令嬢』と聞き及んでおります。なるほど、呪いの影響を受けない……」


 聖女は目を細め、私のつま先から頭のてっぺんまで、じっくりと眺めた。

 その目がかっと見開かれる。

 蛇のようにぬるりと私の間近にやって来た聖女は、私に顔を近づけ、すんすんと匂いを嗅ぎ始めた。


「せ、聖女様……?」


 これほどの至近距離で、誰かに匂いを嗅がれたことなど初めてだ。

 うろたえる私など意に介さず、聖女は私の首筋や胸元の匂いを嗅いだ。

 ちなみに兄はその間食い入るように私たちを見つめていたが、できれば止めて欲しかった。


「……匂う。黒い魔素の匂いです」

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