第27話 はりねずみと晩餐を(3)


「そうね、この際聖女との面会も情報収集の手段にしちゃいましょ。あのお方は全国を回られていますから、何か異変があれば気づいていらっしゃるはず」

『念の為に言っておくが、私と会ったことは内密に。聖女は白い魔素を持つものだ、黒い魔素を払うのが本能のようなもの』

「ええ、敵に回りかねない存在ということですわよね。理解しておりましてよ。うまくやりますわ」


 こちらの意図を悟られなようにしながら、求める情報を確実に入手する。

 王宮ではよくやっていたことだ。懐かしささえ感じる。


「それにしても、情報が欲しいだけなら別に求婚などする必要はなかったでしょうに」

『情報収集を頼むとなれば、危険な真似をさせることになるかも知れない。俺の花嫁である、という扱いにした方が、魔族たちの支援も受けやすいからな』

「まあ、意外と考えて下さっていましたのね」


 魔王様の身内、という肩書があれば、少なくとも魔族から攻撃されることはないだろう。

 彼らを使って情報収集をすることもできるはずだ。

 まさかそこまで考えてくれていたとは思わなかった。その場の勢いで求婚されたと思っていた。

 すると魔王はふっと笑って、


『まあ、お前が気に入ったというのもあるがな』

「き、気に入った?」

『退屈しないだろう、お前といると。あとその金髪も好みだ。……はりねずみに言われても嬉しくはないだろうが』


 さらりと言った魔王は、ワインを半分くらい飲んだようだった。

 金髪が好み、と男の人から言われたのは初めてではない。

 けれどなぜか、魔王の口からそれを聞くと、わけもなくむずむずと落ち着かなかった。


「ま、まあ、退屈させないというのはお約束できましてよ。よく昔から猪突猛進で、何をしでかすか分からないと言われてきましたもの」

『子どものお前の面倒を見させられていた乳母に同情する』

「まっ。そりゃあ確かに乳母のポケットに蛙の卵を詰めたのは私ですけれども」

『ただの悪ガキじゃないか』

「あなたはそういうことはなさらなかったの? というかあなたの子ども時代って……いつ?」


 すると魔王は記憶を探るように空中を睨みつけ、


『……二百年ほど前か。いつも一緒に遊ぶ赤毛のエルフの子がいて、人狼の毛を全て引っこ抜く魔術をかけたり、ゴブリンの背中のトゲが発光するようにしたり、色々やっていたな』

「いたずらの範囲超えてませんこと!? かわいそうな人狼さん!」

『まあ、どこの人種も悪ガキは大体同じようなものだ』

「ちょっと一緒にしないで下さる。私のは服を洗えば済みますけれど、人狼の方もゴブリンの方も、それじゃ済まないでしょうに」


 トゲが発光とか、嫌すぎる。しかも背中だから自分では見えないし。

 魔王は昔を懐かしむように目を細めて、


『今でもあれがいたら、少しは頼りになったのかも知れないが。百年ほど前に、魔族における禁忌を犯して追放された』

「禁忌、ですか」


 詳しくは聞かない方が良さそうだ。古傷を抉ることにもなる。


「百年ほど前に追放されたということは”大侵攻”の際に、その方は関与しなかったのですね」

『いてくれたらよかった、と何度も思ったがな。一人では指揮が間に合わないこともあった』

「魔王業も大変ですわねえ」


 まったくだ、と言った魔王は、しばらくのあいだ、黙ってワインを飲んでいた。

 苦にならない沈黙がしばらく続いた後、魔王はグラスを空にすると、こう言った。


『これは食事の礼だ。手を出せ』

「……?」


 素直に右手を出すと、はりねずみの鼻先がちょん、と指に当たった。

 すると右手の中指に、赤い宝石のはまった指輪が現れた。


「指輪?」

『他人からは見えない。お前の兄がキャンキャン鳴くこともないだろう』

「私のお兄様は犬ではなくてよ」


 右手を掲げ、あちこちから眺めてみる。

 親指大の宝石の周りを、メレダイヤが縁取っている。大きいが、シンプルな指輪だ。


「……ふふ。少なくともサキのくれた飾り玉よりは、気が利いていますわね」

『売れば金になるし、魔力を込めたから、何かあったらそれで逃げろ。転移魔術は得意なのだろう』

「ええ、ありがたく頂いておきますわね。それにこれだけ大きい宝石なら、殴る時に威力が増しそうですもの」

『メリケンサック代わりに与えたわけではないのだが!?』

「はっ、でもこれだけ大きいと正当防衛が主張できないかも知れませんわね? 注意しておかないと」

『……もし殴ってしまったら、手が滑ったとでも言っておけ』


 諦め混じりのアドバイスは、魔王が私になじんできた証のようにも思え、私はにんまり笑った。

 この贈り物も嬉しいが、気安く言葉を交わせるようになったことが、一番の収穫かもしれない。

 私は右手を握ったり開いたりしながら、ぎらりと輝く宝石を見つめた。


 魔王の目もこんな感じなのかしら、と思いながら。



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