第26話 はりねずみと晩餐を(2)
ソフィアが表現していた魔王の見た目を思い出す。
「月の光を写し取ったような輝く銀色の髪、ピジョンブラッドのように美しい瞳、偉大さを感じさせる広い背中、叡智の輝きを思わせるその額」
『ん?』
「ソフィアがあなたのことをそう言っていましたわ。私、そんな人と一緒に夕食をとっていますのね」
魔王はふっと笑った。
『はりねずみに見えていなければ、この容姿と話術でお前を
「おあいにくでしたわね。そもそも私、男性の見た目には興味ありませんの」
『王宮育ちなら美男美女など見飽きているか』
私も自分の食事を再開する。
私の耳に聞こえてくるのは、自分が鳴らす微かな食器の音と、はりねずみがパスタを食む小さな音だけだった。
ぼんやりと、目の前の魔王が担っている重責を思った。そうしてそれを決して私に告げないことも。
私たちは、多分似ている。腹立たしいが、ちょっぴり嬉しい。
ややあって魔王は皿を空っぽにすると、
『悪くない味だった。もう少し香辛料を効かせた方が好みだ。次はそうしてくれ』
「
『残念だな。ところで、先日は言い忘れたが――また呪われた何かを城に持ち込んだのか』
「ああ、コレクションですわね! 先日久しぶりにサキのところに足を運んだら、まあ掘り出し物がありまして!」
『サキとは商人か』
「ええ。不思議なお店を構えていて、転移魔術の達人ですのよ。あの燃えるような赤毛は、タスマリア王国ではあまり見かけませんわね」
そう言いながら私は、まだ整理していないコレクションを取り出し、魔王に自慢した。
だが魔王はそれを適当に聞き流しながら、
『転移魔術の達人で、燃えるような赤毛……。まさか、な』
と呟くだけだった。人が話しているというのに、失礼なはりねずみである。
私はサキの店であったことを説明しつつ、
「そうそう。もうじき聖女様にお会いする日が近いんですのよね……」
とため息をついた。
魔王はぴくりと鼻先を動かす。
『聖女。白い魔素を持つ者で、黒い魔素への対抗力を持つ者だったか』
「ええ。お兄様が、私が魔王と接触していることに気づいてしまって、黒い魔素への対処が必要だというのです。あの嗅覚ときたら、冗談抜きに犬並みでしてよ」
『お前は幽閉されているのだろう。なのに兄はお前を心配するのか』
王位継承者にとって、兄弟はライバルだ。魔王の言うことも分かる。
「昔から兄は私に対して過保護すぎるところがありますの。私がお嫁に行くときは、冗談抜きでその男を殺すと言われたことがありますわ。あれは本気の目でしたわね~」
『……結婚しても、お前の兄には近づかないでおこう』
「あら、あなたまだ私に求婚なさる気ですの? 意外と執念深いのね」
『目的がある』
強い眼差しが私を射る。
その瞬間、黒くてつぶらなはりねずみの目が、赤い虹彩の瞳に見えた。
『私の目的は魔王としての役割を果たすこと。すなわち、魔族を守ることだ』
「だから私と結婚したいのですか? 因果関係があるようには思えませんわねえ」
私はワインを自分と魔王のグラスにたっぷり注ぎながら、
「ですが結婚という形以外でしたら、協力するにやぶさかではございません。もちろん、人間である私がこんなことを申し上げるのは筋違いとは分かっていますわ。ましてや私は王族。”大侵攻”の責任は私の祖先にありますもの」
『やめろ。幽閉とはそういった義務から解き放たれるということだろう。自分から面倒ごとに顔を突っ込むな』
「面倒ごと、大歓迎でしてよ! 暇ですもの」
仏頂面をしている魔王を見、私はくっと笑った。
「だいたい、魔族の長ともあろう者が、情報欲しさに人間と結婚なんかするものじゃなくてよ。魔族たちからの信頼が下がりますわ」
魔族たちからの信頼、という言葉に、魔王はわずかに目をそらした。
やはり、元王族の人間と結婚して情報を得るというやり方は、魔族に賛成されてはいないようだ。そこはかとなく身売りっぽいし。
「さ、ゲロっておしまいなさい。あなたの目的は何? 私に何をさせたいの?」
『……はあ。ったく、どうしてこう押しが強い』
「慈善活動で鍛え上げられましたわ~! 玄関先で汚水をぶっかけられたら、あなたもツラの皮が厚くなりましてよ」
魔王は少し意外そうな顔になった。
『そこまでするのか、お前』
「人助けのためですもの。きっとあなたも同じことをしますわよ」
『……そうだな。きっと俺も同じことをするだろう』
ぽつりと呟いた魔王は、意を決したように顔を上げる。
小さな鼻先が濡れていて、かわいいな、と思った。
『分かった。私は欲しい情報があるんだ』
「それはどんな情報?」
『魔族が弱体化している理由を知りたい。例えばソフィアだ、あれは本来、図書室にあるような程度の低い罠にかかるような魔族ではない』
私がソフィアと出会ったきっかけは、図書館の罠にかかった彼女を助けたことだったが、あれは本来の彼女の力ではないということか。
「待って、魔族が弱体化しているということは、あなたも弱くなっているということですわよね? ダンジョンの守りは大丈夫ですの」
『問題ない』
「っておっしゃると思いましたけど! 本気で私の提案を考えて下さいましね」
『善処しよう』
やる気ゼロの回答にくらくらしたが、まあ一旦置いておこう。
「魔族が弱くなっているというのは、この大陸の魔族全体がそうなっているということですの?」
『いや、このダンジョンにいる魔族だけだ。恐らくこのドラセナ城の呪いが強まっているような気がするんだが、ドラセナ城には原因らしきものが見当たらなかった』
「ドラセナ城の呪いが強まっている理由……。承知しましたわ。調べてみましょう」
幽閉されているとはいえ、私は王都以外の場所ならどこにでも行けるし、王族の身分を一部利用することもできる。
初めて魔王に頼られた、その事実が私をワクワクさせる。
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