第25話 はりねずみと晩餐を(1)


 さて夕飯を何にしようと考えていると、背後からとことこと現れたはりねずみこと魔王が、器用に作業台によじ登ってきて、鼻をひこひこ動かした。


『そろそろ明かりを入れた方が良い。暗いぞ』

「そうですわね」


 ろうそくに火を灯す私の手元を見つめているはりねずみの姿は、魔王と分かっていても、何か可愛らしいものがあった。

 私は閃いて、魔王に聞いた。


「お夕飯、一緒に召し上がります?」

『藪から棒になんだ。求婚を受け入れる気になったのか』

「そんなわけないでしょうが。私にははりねずみに見えるあなたが、どうやって食事をするのか、少し気になりまして」

『それは興味があるな。ああ、いくらはりねずみに見えるからといって、りんごひとかけらを出して夕飯、というのはなしだぞ』

「そんな嫁いびりみたいなことしませんわよ……」


 と言っても、出せるのは大したものではない。

 朝に作った野菜のスープに、煮込んだラム肉のパスタ。かぶのピクルス。

 できればパンも出したいところではあるのだが。


「このかまどで焼くと、なぜかパンが焦げてしまうんですのよね」

『ああ、お前でもかまどの呪いとは無縁でいられないのだな。このかまどは、人間たちがここに残した呪いの一つだ。ここで煮炊きできないようにしたかったらしい』

「でも別に魔族たちはここで暮らさなければいけないわけではないでしょう? 封印されているとはいえ、ダンジョンの中なら動き回れるはず」

『これは魔族に対してではなく、魔族に協力しようとする人間たちへの呪いだ。魔族を助けようと考える人間も、数は少ないが昔はいた』


 温めた皿に料理を盛りつけながら、私はその言葉について考えていた。

 そうか。人間たちの中にも、魔族に協力しようと思う人がいたのだ。


『……? なぜ笑っている』

「懐かしいなと思いまして。私のおばあ様も、魔族が好きでしたから。よくおばあ様の昔話を聞いたものです」

『それはお前の育ての親か』

「あら、よく覚えていらっしゃいますのね。そうですわよ」


 屋根裏に住んでいたうっかりもののピクシーが、自分の失敗を祖母のせいにした話。

 村はずれで鍛冶屋を営んでいたドワーフに薬を届けると、いつもご褒美に鉄くずで作った動物のおもちゃをくれた話。

 まだ狼に近い人狼の子たちと、噛みつかれないように慎重に遊んだ話。

 それはおとぎ話のようで、私は目を輝かせて聞いていたものだ。


「おばあ様は”大侵攻”の後、少しでも魔族の助けになれることはないか、考えたそうなのですが……。少しでもそういうそぶりを見せれば、衛兵が飛んできて処罰されるせいで、踏み切れなかったと悔やんでいました。――さあ、ご飯にしましょう」


 私はかまど近くのテーブルに皿を並べる。

 久しぶりに誰かと一緒に食べる食事だ。いつもはしないテーブルセットも、少し念入りに行う。


「一応そこに椅子を置いているのですけれど、そこに腰かけていらっしゃるのかしら?」

『ああ。お前からはどう見える?』

「はりねずみがテーブルの上にちょこんと乗って、お皿にお鼻を近づけているのが見えますわ」

『食べ始めたらどう見えるのか気になるな』

「どうぞ召し上がれ」


 はりねずみがぺちゃぺちゃとスープを舐め始めた。

 ……と思った瞬間、お皿の中身がごっそりとなくなる。


「ひと舐めでそんなに減ります!?」

『今、皿を持って一気に飲んだ』

「ああ、だから……。でも私の目にはお皿が持ち上がったようには見えませんでしたわ。ただはりねずみが可愛らしくスープを舐めていましたのに」

『スープを飲み干した、という事実だけが共有され、その過程は”翻訳”されて見えるのではないか。私とお前の時間の流れは同じだから、場合によってはおかしな”翻訳”に見えるのかもしれない』


 そう言うと魔王は、何か考え込むように動きを止めた。

 私はパスタを食べながら、


「考えてみると、はりねずみって表情がないのに、あなたが仏頂面をしているのか、ちょっと楽しそうなのか、何となく分かりましたもの。あれはあなたの感情が伝わって来たのですわね」

『……ちょっと楽しそうな時、あったか?』

「私に求婚なさった時」

『ああ。あれは楽しいというより……』


 魔王はそこで黙ってしまった。パスタの皿からごっそりと中身が消えたので、食べているのかもしれない。

 何だか不思議な気持ちだ。

 私の前にいるのは小さなはりねずみで、見た目は一人きりの夕飯と変わりがないのに。

 魔王からしてみれば、これは立派な私とのディナーなのだ。

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