第20話 シスコン見参
ここは王都の外、クリストファーの別荘の一つ。
公務の合間に休息をとっていたクリストファーは、急に膝の上に現れたアマリリスを見、ゴッフと紅茶を噴き出すのを根性と気合でこらえた。
金色のつやつやとした髪。ハーフアップにした髪型にリボン飾りが愛らしい。
困ったように伏せられた琥珀色の瞳。いつも余裕のあるアマリリスにしては珍しい表情だ。
そして膝にかかる、天使かと思うほどのささやかな重み。
にやにや笑いを浮かべそうになるところをぐっとこらえ、クリストファーは口を開いた。
「……やあ、アマリリス。ドラセナ城は快適か? 事前に食糧を運ばせたが、きちんと食べているようで何よりだ」
「あれはお兄様が準備して下すったのね。ありがたく頂いておりますわ。でもどうしてきちんと食べているってお分かりになりましたの?」
「前に抱きしめた三十六日前から、体重が減っていないからな」
アマリリスの、笑みを浮かべた口もとが、きゅっと引きつる。
「あいかわらず変態ですこと。次乙女の体重に言及したら……」
「殴るか? 踏みつけるか? 好きなだけ罵倒してくれていいぞ」
「お兄様のお部屋の隠し引き出しにあるアレを燃やします」
「ぐっ……。さすがだアマリリス、アレの存在を知っているとは……」
「って言うか普通に気持ち悪いので妹の肖像画を引き出しに隠すの止めて下さいません?」
そう言いながらアマリリスは、そろそろとクリストファーの膝から降りようとする。
クリストファーはそれを阻むように、右手に持っていた紅茶のカップをテーブルに置き、そのまま話し出した。
「ところで急に私の膝の上に現れて、どうした? 私が恋しくなったのか?」
「おほほほお兄様でもご冗談は不得手でいらっしゃいますのね」
「そう意地を張るな。確かにドラセナ城への幽閉には不服な点も多いだろうが……」
「とんでもございません。毒殺されないだけましというものです」
そう言いながら、アマリリスはクリストファーの左手側に身を寄せ、膝から降りようとした。
が、クリストファーが今度は左手をテーブルに伸ばしたため、腕の中に囲われたかたちになってしまった。
「あの、お兄様。お手をどけて下さいませんこと?」
「その前に、質問に答えてもらおう。なぜ私を訪れた? お前が転移魔術に失敗したとも思えないし、幽閉中の身で軽はずみなことをするとも考えにくい」
「……急に王位継承者モードになるんだから、まったく。お使いですのよ。サキからの言付けで、頼まれた品を持って参りました」
アマリリスは、手にしていたバスケットから、
クリストファーにはその箱が何であるかすぐに分かった。
「ああ、ドワーフたちとの交渉材料に使う物だな。テーブルに置いておいてくれ」
「この手をどけて下さば、そのようにいたしますが」
「馬鹿言え、こんなチャンスはそうそうな……ごほん。たまには兄妹、仲良くしても罰は当たらんだろう?」
「あのですねお兄様。あなたが王宮で何と言われているか、ご存じです?」
クリストファーは首を傾げてみせる。わずかに幼さを感じさせるその仕草は、実に絵になった。
けれどアマリリスは冷淡な眼差しでそれを見下ろしながら、
「『シスコン以外完璧』『残念シスコン』『妹への愛情が強すぎてちょっと怖い』など、散々な言われようでしてよ」
「なんだ、褒め言葉じゃないか」
「ちっとも褒められてませんわよ!?」
「大体妹を可愛がるのは当然のことだろう。この世でただ一人、血を分けた間柄なのだからな」
「他にもいっぱい腹違いの兄弟がいらっしゃるでしょう!」
耐えられないといった様子で叫んだアマリリスは、ほう、とため息をついた。
「まったく、お兄様らしいと言えばお兄様らしいですが――」
「――お前」
膝の上に妹を乗せ、じろじろと観察していたクリストファーの声が、冷徹な色を帯びる。
妹を見つめる甘ったるい眼差しが急に引き締まり、獲物を見つけた捕食者のように
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます