第19話 コレクション(2)
サキは王宮ではお目にかかれないタイプだ。
裏社会の住人、というのだろうか。
そう尋ねると「裏って言っても世界の裏だけどな」と謎の返しをされるのだが、ともかく正規ルートでは手に入らないものが揃っている。
「ここに来るのも、本当なら避けたほうがいいんだぜ。まあお前にとっちゃ、ここへ来ることなんぞ屁でもないんだろうが」
「もっと上品な例え方をして下さいまし。ずっと仰ってますわよね、ここには来ない方が良いだの、さっさとコレクションなんかやめて嫁にでも行けだの」
「ったりまえだろ。お前が王位継承権をなくしたのだって、ほっとしてるくらいだ」
情報通のサキは、もちろん私が幽閉されたことも知っている。
そういう人なのだ。いや、人間かどうかは疑問の余地があるけれど。全然歳を取らないし。
「お前は……なんていうか、ふわふわしてるだろ。呑気だし鈍感だし、何でも他人事みたいに話す」
「王位継承権争いというのは、多少鈍感くらいの方がちょうど良いんですのよ。幽閉生活にも同じことが言えますわね」
「どうだか。俺は今でも覚えてるぞ、十歳のお前がここに迷い込んできたときのことを」
私とサキの出会いは、今から八年前のこと。
母を亡くした私は、その日から魔力が安定しなくなった。
眠っている間に魔術陣を展開して、あやうく寝室を燃やしかけたこともあれば、勉強中にいきなり暴風を呼んで、窓ガラスを全部割ってしまったこともあった。
そんな中で、私はある日、サキのいるこの店に迷い込んでしまったのだ。
「ふふ、私だって覚えていてよ。このお店に入って来た私を見た時のあなたのお顔! 鳩が豆鉄砲を食らったような顔とはあのことでしたわね」
「そりゃ驚くに決まってんだろ! ここは世界とは少しズレた場所、世界の廃棄物が流れ着く場所なんだからな」
「間違っても十歳の子が来ていい場所じゃない、って?」
「今だって来ちゃいけないんだ、本当はな。――だがお前は少し、浮いているから」
「まっ。そりゃあ私の高貴な美貌は、平民の中に混ざったら浮いてしまうかもしれませんが」
「違う。比喩じゃない。事実浮いているんだ、お前」
何を言っているのやら。サキはたまに謎めいたことを口にする。
それがまるで、この不思議な店を営む店主の務めであるかのように。
取り合わない様子の私を見、サキはいつになく切なそうな顔をして、
「……まあ、自覚したからって、どうにかなるわけじゃないしな」
と呟くと、空中をノックするような仕草をした。
すると何もないところから、急に銀のトレーが現れた。
ティーポットに、暖められたティーカップ、クッキーが載っている。
「お茶していくだろ? 幽閉生活について聞かせろよ」
「お聞かせするほどのこともないのですが……。ああそうそう、魔王と会ったのですわ!」
私は香りの良い紅茶を楽しみながら、この兄のような不思議な男相手に、ドラセナ城でのことをひとしきり話した。
求婚されたことを面白おかしく言うと、サキはちょっとぎょっとしたような顔で、
「さすが魔王、相変わらず度胸あんな……。こいつにはあの兄がいるって知らないのか」
「クリストファーお兄様のこと? なぜ今ここでお兄様が出てくるのです?」
「いや、何でもない。ってかお前、気づいてないわけ?」
「何にですか?」
「うーん、鈍感もそこまでいくとなんていうか、罪だな。まあいい、しかし求婚とは思い切ったことするよな」
「止めて頂きたいのですが、私は他に行くところもありませんし、困っていますの」
そうだ、と私は思いついて尋ねる。
「男の人を萎えさせる道具とか、ご存じじゃありませんこと?」
「萎えさせるって。別に魔王はお前に惚れてるわけじゃないんだろ」
「そうですわね。私の足元に身をなげうって、愛を乞う……という感じでないのは確かです。私と結婚して、王宮に戻るなんて寝言をほざいていましたわよ」
「ああ、悪くない着眼点だな。どうせお前は王宮に戻るのだろうし」
「ええ? あなたまで何おっしゃってるの。私は幽閉されたのですわよ、もう王位継承争いからは降りたのです。あとは優雅な隠居生活を楽しむだけ」
サキは私の言葉を信じていないように、軽く笑って肩をすくめた。
「――しかし魔王の挙動も妙だな。王宮に入り込んで一体何をする気なんだ……?」
「それが一番気になっていますの。私は最初、また地上に出て”大侵攻”を再開するのだと思い込んでいましたわ」
けれど、ソフィアに見せてもらったダンジョンには、弱い魔族たちが身を寄せ合って暮らしていた。
そして魔王は、彼らを守っているのだと言う。
「でも、魔族を守りたいなら”大侵攻”はむしろ避けるはずですわ。だからますます魔王の考えが分からない状態ですの」
サキは答えず、目を細めながら、ティーカップの縁を指でなぞっている。
赤い目が見透かすように私に向けられた。
「魔王の心の内は俺には分からんが、魔王がはりねずみに見えるってのは、妙な話だな。――考えられるとすれば、お前の体質のせいだと思うが」
「鈍感だから?」
「浮いてるから」
「仰ってる意味がよく分かりませんわ」
「だろうな。けど、お前のそれは、あの女を……」
しばらく宙を睨んでいたサキだったが、ややあってぱっと明るい表情を取り戻す。
この切り替えの早さは、商売人らしいなと思う。
「俺はこう見えてお前が気に入ってる。仲間意識があるっていうか」
「ええ? なんですの急に」
「これを持っていけ。お前の兄に頼まれた品だ」
そう言ってサキが指を鳴らすと、ソファに腰かけた私の隣に、小さな箱が現れた。
「お兄様があなたに何を頼んだのかしら。はっ、まさかお兄様も、やっと私のコレクションの良さが分かったのかしら!?」
「それだけはないから安心しろ。お前みたいなのがもう一人王位継承者にいるとすれば、タスマリア王国はヤバい」
さらりと失礼なことを言い、サキは言葉を続ける。
「本来なら俺があっちに届けるつもりだったんだが、少し頼まれてくれ、な?」
「私、王都に立ち入りを禁じられておりますのよ」
「大丈夫だ、引き渡し場所は王都の外。お前をそこに飛ばしてやるから、行きは問題ない」
「帰りは自分で何とかしろってことですわね。元王位継承権保持者を顎で使うなんて、高くつきますわよ?」
「分かってるよ。これはお駄賃だ」
サキはポケットから何か取り出すと、私に投げてよこした。
両手でそれを受け止めると、それは古い玉のようだった。
黒い汚れがこびりついているが、糸を通すための穴が空いていたから、飾り玉だろうか。
「これ……片翼のマークがついていますわね」
「ああ。洗えば腕輪にでも使えるだろ。一応翡翠でできてるから」
「そうですの。古くさくて私の趣味ではありませんが、せっかくですから頂いておきますわね」
「一言多いぞ!」
「あなたが急に妙なことをおっしゃるからでしょう、まったく」
私はその飾り玉をポケットにしまい、自分のためのコレクションと、兄へのお使いを収納魔術でバスケットに格納した。
サキは立ち上がりながら手を横に払い、カップ類をさっと消してしまった。
そのまま私の足元を指さすと、紫色の魔術陣が現れ、光が私を包み込む。
「いつ見ても素早い展開ですこと。あなたの転移魔術には一生敵わない気がしますわ」
「それでいい。俺のように『
そう言ってサキが、私を転移させた先は――。
「あ、あら?」
「……アマリリス、なのか?」
テラスに腰かけてお茶を飲むお兄様、の、膝の上だった。
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