第18話 コレクション(1)
ソフィアに話した計画を実行するため、あれから魔王を探したが、彼の姿を見つけることはできなかった。
もう一週間近く経つ。
さすがに魔王に話を通さないことには進められないので、私は一旦幽閉生活をエンジョイすることに専念しようと決めた。
さて、ここで問題だ。
健康的な幽閉生活に欠かせないものは何でしょう?
答えは質素な食べ物、軽い運動、そして心を満たすコレクションたちだ。
「ふむ。なぜかこの巻物が急に燃え上がってしまったので、この棚に空きができましたわね」
南方の海底都市から発見された、黒い革の巻物がコレクションにあったのだが、ある日いきなり青白い炎を上げながら燃え尽きてしまった。
本棚に延焼しなかったのが不幸中の幸いか。
悲しいことだが、私のコレクションではよくあることだ。
可愛らしい黒髪の人形が、いきなり叫びながら空中を舞い、そのまま窓の外へ吹っ飛んで行ったりとか。
銀縁がおしゃれだった古い鏡が、いきなり割れて、中からどろどろしたものがあふれてそのまま融解したりとか。
壺がいきなり割れて何かの骨が出てきたりとか。とかとか。
「巻物や書籍関連は、新しいコレクションを増やしたいと思ってたところですし、お買い物に行っちゃおうかしら」
私はポケットから方位磁石を取り出す。
これは特別製だ。艶やかなポピーの花が刻まれたブロンズ細工が、磁石の周りを囲んでいる。
持ち重りがするのだけれど、その分無くさずに済むし、何より私の身を守ってくれる。
少しおしゃれなお出かけ着をまとい、財布を持った私は、その方位磁石を手のひらに乗せた。
「さあ、参りますわよ~!」
方位磁石の針がすごい勢いで回転する。
と同時に、私の足元に紫色の魔術陣が出現し、転移魔術を展開し始めた。
私の魔術ではないが、私の魔力によって編まれているものだ。
魔術陣から紫の光がつるのように伸び、私の体に触れる。
そうして繭のように私をくるむと、そのまま静かに魔術陣の中に引き込んでいった。
とぷん、と沈み込む感覚。
しばらく目を閉じていた私は、辺りを漂う気配が変わったのを感じた。
「ようこそ」
弾むような声にぱっと目を開けると、そこには長い赤毛を持つ男性が立っていた。
「おう、アマリリス! 王都を追放されたと聞いたが、元気そうじゃないか!」
「ごきげんよう、サキ。あなたも息災そうで何よりですわ」
ここはサキの店だ。彼の与えた方位磁石を持つ者しか来られない。
店構えはとてもシンプル。重厚なソファーにテーブル、扉の近くに置かれた飾り棚の上の花。
窓はあるのだけれど、常にカーテンが引かれていて、夕暮れのような朝焼けのような不思議な光が漏れている。
一応扉もあるけれど、サキがそこを出入りしたのは見たことがない。
だってドアノブ、ないし。
だから、ここに客として訪れたのならば、サキが導くままに、ソファに大人しく腰かけているのが望ましい。間違っても部屋の外に一人で出ようとしてはいけない。
今日のサキはゆったりした白いガウンをまとい、銀糸で鳥が刺繍された黒い布を腰に巻き付けている。
東国の装いだというが、赤毛が白い布によく映えていた。
サキがどこの国の人間なのか、私は知らない。
真っ白な肌に赤い目を持っているから、南方の出ではないと思うのだが、その点について質問しても、サキは答えてくれなかった。
「今日は何をお探しで?」
「巻物や書物が見たいですわ。二年前に譲って頂いたトリトンの巻物が、勝手に燃えてなくなってしまいまして」
「嘘だろ! あれは相当強い呪い……もとい、魔術が込められていたのに、
にやりと狐じみた笑いを浮かべるサキは、夕日のように鮮やかな髪を翻し、空中を撫でるような仕草をしてみせた。
すると、砂まみれの木箱が床の上に現れる。
サキが無造作にそれを蹴り飛ばすと、中から湿った巻物がいくつも飛び出した。
「この店ではコレクションを蹴り飛ばしますの」
「こんな時間を経た呪い、お前以外に触れる奴がいるか」
「来歴は?」
「トリトンの巻物とほぼ同時期に書かれたと思われる巻物だ。時代にして千五百年前、海中においても少しも色あせず、持ち主の呪いを抱えたまま息を潜めていた」
触れると、砂のざらりとした手触りと、潮のにおいがした。
巻物の外側はとても丈夫な鮫の皮が張られており、巻物を結わえる紐は綺麗な珊瑚色をしていた。
角度を変えるときらきら輝いて見える。ほんとうに呪いが込められているのだろうか。
「それにたやすく触れられるとは。お前、やっぱり規格外だな」
「私からしてみれば、これに触れられないという方が信じられませんけれど」
鈍感令嬢。他の人間が恐れおののくことを、いとも簡単にやってのける。
それが良くも悪くも私なのだ。
「これ、頂けます?」
「あいよ。代金はこのくらい、金貨で払うか?」
「そうさせて頂きますわ」
懐から取り出した革袋を渡すと、サキはその中身を確認し、にんまりとした顔で満足そうに頷いた。
「相変わらず金払いが良い! こないだの客なんか、値切ってごねたあげくに店から帰ろうとするからよ、ちょっとばかりしつけてやったんだ」
「値切るなんて不思議な方ね。ここにたどり着けたということは、心底欲しい物があるからでしょうに」
「ああ。この店は、何かを心の底から求める者にしかたどり着けない。その代わり、たどり着くことさえできれば、物はある」
そう言うサキの影が、少しだけ揺らいで、ヒトではない形を取った。
たまにあるのだ。サキは商売人としては優れているが、人格者というわけではないので。
だがそれもつかの間のこと、彼はすぐにいつもの商売人としての仮面を取り戻して、
「お前みたいなお得意様の存在がいかにありがたいか、骨身にしみたぜ」
「それは良かったですわ。あなたのような素敵なコレクションの持ち主は、タスマリア王国広しと言えど、なかなか見つかりませんもの」
「見つけなくてすむのが一番いいんだろうがな」
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