断章
村人たちはささやき交わす。
「なあ、パン屋のリーナの話、聞いたか?」
「聞いた聞いた。旦那を亡くして、小さな子供を食わせるために、修道院に施しを求めたら、断られたんだってな!」
「あれだけ大きくてピッカピカの修道院なんだぜ? 修道士の連中、小石みたいに宝石敷き詰めた椅子に座ってるくせに、施しを求める俺たちは拒否するのかよ!」
「大体リーナの旦那も、修道院の修繕費を納めてたはずだろ? その家族であるリーナたちは、しばらくの間、修道院で面倒を見てもらう権利があるはずだ」
「そんなものはない、と聖女様は言っているらしい」
落胆のような、憤りのような、そんなため息が村人たちの口から洩れる。
「出たよ、手のひら返しだ。俺たちは重税を納めさせられるわりに、その恩恵を受けられた試しがねえ!」
「聖女様は確かに魔族を退治してくれるが、日々の生活はちっとも気にしてはくれないな」
「まあ、お祈りが仕事みたいな人だもんな」
「にしたって、リーナがかわいそうだ。おとついはうちのかみさんが面倒を見たんだが、いつまでも二人余分に食わせられるわけじゃねえし……」
すると、とある村人が静かに言った。
「アマリリス・デル・フィーナ様の修道院には行ってみたか?」
「あー誰だっけそれ、名前は聞いたことある」
「元王位継承者の方だ。慈善事業に力を入れてて、修道院にも多くの貢献をしている」
「よくある貴族サマのお遊びだろ」
違う、とその男は断言した。
「アマリリス様は外から出資者を連れてきて、修道院の体制を整えられた。修道院が現金を稼ぐ仕組みを作って、それで施しや何かをしているんだ」
「修道院が金を稼ぐって、どうするんだ? 金ぴかの修道院でも見せて、観覧料でも取るのか?」
下卑た笑いが広がる。男はその笑いが収まるのを辛抱強く待って、
「修道院には優れた転移魔術の仕組みがあって、急ぎで移動したい人間から金を取って、その転移魔術を使わせるんだそうだ。転移先は別の修道院だから、安全面でも問題がない」
「へえ。そりゃ確かに、急いでる軍人やら貴族やらを相手にするには、ちょうどいい商売だな」
「しかもすたれることがない。需要が常にある」
「何でもその魔術はアマリリス様が考案されたものらしいが、それを惜しげもなく修道院に提供したんだそうだ。現金を稼ぐ手段として」
村人たちの中で、一人の女が尋ねる。
「……そのアマリリス・デル・フィーナ様の修道院に行けば、誰でも施しを受けられるの? 外の村から来ても大丈夫?」
「ああ、誰でも受けられる。働ける者は対価として労働を求められるがな」
「そんなの、いくらだってやるよ。門前払いさえ食らわせられないんだったら……!」
拳を握り締めた女――リーナは、修道院から受けた屈辱的な仕打ちを思い出していた。
「あそこの修道院の連中ときたら、ぴかぴかの修道院で神に祈ってばかりで、私たちのことなんかちっとも気にかけてくれない。私がどんな思いで、施しを求めたか、あいつらには一生分かるもんか……!」
「リーナ……」
「私だって働いてた、ちゃんと税金も納めてた、だけど不運が重なって、たまたま手元にお金がないだけなのに……! まるで今の私の状況が、身から出た錆のように言ってきた……!」
歯噛みするリーナに男が近づく。彼は一枚の小さな紙切れを持っていた。
その紙切れには、赤いアマリリスの絵が描かれている。
「アマリリス様の修道院には、外から分かるところにこのマークがある。必ず迎え入れてくれるはずだ」
リーナはそれを目に焼き付けると、強く頷いた。
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