第3話


 ――官渡かんとの戦い


 中原の覇者を決める歴史上重要なターニングポイントとなったこの戦いは。序盤こそ曹操そうそうが優位に立った。

 しかし、曹操が数万の兵力であったのに比べ、袁紹えんしょうはその十倍の圧倒的な兵力の差、さらには食料の備蓄量など兵站の面でも袁紹には劣っており日に日に曹操を追い詰めていった。曹操は敗北を覚悟したかに思えた。

 いや、実際に降伏を考えたことだろう。しかし曹操と袁紹では決定的な差があった。


 それは人材の差である。曹操には優秀な将に軍師が一つに団結しているのに対し、袁紹には互いに功を譲らない将や軍師が足を引っ張り合う始末である。


 つまり、袁紹軍は配下の将や軍師に裏切られ、形勢は逆転、袁紹は敗北し、その直後に失意のまま病死してしまった。


 ◆


 匈奴きょうど左賢王さけんおう劉豹りゅうひょうの天幕内。


「いやー負けたねー、僕らどうなっちゃうんだろうねー」

 

 天幕内には僕と劉豹君と蔡琰さいえんちゃんがいた。 


「無念だ、父上の雪辱を果たす絶好の機会だったのに。涼州の馬騰ばとうが裏切ったせいだ。それに袁紹の馬鹿息子が本当に馬鹿だったのが誤算だった。この状況で兄弟同士で殺し合うとは。馬鹿がすぎる」


 同意だね。兵力でまだ優勢だった彼らは持久戦に持ち込めば勝てたはずなのに。戦争中に後継者争いで内輪もめの末、同士討ちをするなんて。


 これはさすがに予想できなかった。僕もまだまだスタディが足りないなぁ。


「ああ、そう言えば馬騰の息子の馬超ばちょうだっけ? あれはおっかなかったねー。足に矢が刺さってるのに突っ込んでくるから、さすがの僕もヤバいかなって思っちゃったよ、あはは」


「ユーギさんは戦場に出たのですか? 女性だというのに……」


 蔡琰は驚きを隠せないといった表情で聞いてきた。たしかに女は戦場には出ないのは常識だ。


「たまにはねー、さすがに全ての女性がそうじゃないけど、僕ら騎馬遊牧民は高貴な身分の女性なら戦場に出ることもあるのさ」

「しかし、ユーギ様、さすがに前線に出すぎです、ヒヤッとしましたぞ」


「いやー敵の大将も前に出てたから、ついね、僕の弓矢ならコロッとやれると思ったんだけど。あれは人間のレベルじゃないね。あいつはきっと有名な将軍になるだろう」


「馬超とはそれほどでしたか。しかし、これからどうしたものか。皆にはまだ話してないが、俺は曹操に降伏すべきだと思う。叔父上、いや呼廚泉こちゅうせん単于ぜんうは死ぬまで戦うと言っているがこのままでは匈奴は滅んでしまう。それに……」


「それに、生まれてくる子供の為に祖国は残さないとね。いつ生まれるのかな? まったく、戦争中だというのに二人目を仕込むとは、あはは! やるじゃないか」


 僕は劉豹君の背中をぽんぽんと叩きながら。大きくなった蔡琰ちゃんのお腹を見た。


 人間の、いや、全ての生物の基本的な役割か。今ではその役割以上にその営みの尊さに思いを馳せることが出来るようになった。


「仕込むだなんて、はしたないですよユーギさん。えっと、そうですね、早ければ来月になるかと」


「さてさて、じゃあ、祭祀長の僕としては君たちの為に呼廚泉君を説得しようじゃないか」


 ――その後、匈奴は曹操に降伏。

 兄弟同士でいがみ合っていた袁紹の息子たちは、曹操という最大の敵を前にしても、和解することなく互いに騙し殺し合い。

 やがて曹操に隙をつかれ各個撃破されていき、無残な最期を迎えた。

 この戦いで曹操は中原の全てを手に入れたのであった。

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