第4話


 ――曹操そうそうが拠点とした都市、ぎょうにて


「やあ、丞相じょうしょう、初めましてだね。僕は神様の化身だよ」


「丞相? はて、私はただの冀州牧きしゅうぼくにすぎませんが、ところで貴殿は何者ですかな? 面会の予定はなかったのですが」


 外には警備の兵がいたはずだがと不思議に思ったのか、彼は窓の外に目を向ける。


 警備の兵が全員が倒れているのを確認したのか、彼は大声で叫んだ。


許褚きょちょはどうした!」


「ああ、あの大男には少し眠ってもらったよ。でも彼を叱らないでやってくれ。それはしょうがないのさ。彼は強そうだったから僕としても卑怯な手を使ってしまったからね」


 今の僕は少しだけ神の力を使える。まあ簡単な精神操作くらいだけど、それでも強い魂を持つ英雄には効果は薄い。せいぜい数分間眠らせるくらいだ。


 彼の強さだと10分くらいで起きるだろう。


「さて、時間もないし、どうだろう。少し問答をしようか。曹孟徳そうもうとく、君はこの乱世をどうしたい? その答えを僕が気に入ったら生かしてあげようじゃないか」



 ◆


 ふむ、ひょっとしたら彼がこの時代で一番面白いやつじゃないかなー。ふむふむ。殺すのは惜しい。


 僕の蔡琰さいえんちゃんを連れ去ろうとした卑劣漢には退場してもらおうかと思ったけど。それはこの時代の全ての民に迷惑がかかるからね。


 問題は劉豹りゅうひょう君か。まあ殺されるわけでもないし。生きてればいいことがあるさ。


「私が曹操に買われたですって? それは本当ですか? ……随分と今さらですね」


「そうなんだよ、君の文才が曹操の耳に入ってね。僕も最初は君のことを蔡文姫さいぶんきと呼んでるキモイおじさんかと思ってちょっと挨拶に行ったんだけど。

 どうやら事情があってね君の父上と知己があったらしいんだよ。それで呼び戻したいとのことらしいのさ」


「そうなんですか、って、え? ユーギさんは曹操と知り合いだったんですか?」 


「初対面だったよ、でも彼の屋敷の中に入ったら偶然にも話す機会があってね」


 まあ、最初は殺すつもりだったんだけどね。


「それは偶然ではないですよね……まあユーギさんならそういうこともあるでしょうけど」


「お、僕のことを分かってくれるなんて嬉しいね。で、蔡琰ちゃん、君には本当にすまないと思ってるんだけど、選択肢はないよ」


「でしょうね、理解しています。それにユーギさんが謝ることでもありません。これでお別れなのは残念ですが、運命として受け入れるしかありません」


「さすが、本当に君は聡明な女性だよ。てっきり怒られると思ってたしね」


「聡明だなんて、ユーギさんに言われると恥ずかしいというか、少し嫌味に聞こえますけど……」


「あはは、まあ安心するといい、君の大事な子供たちは僕の責任をもって立派に育てて見せるさ。あとは大きな子供を説得しないとね、というかこっちは大変だよ。別れが嫌で拗ねちゃったんだ」


「大きな子供って……うふふ、左賢王さけんおう様のことよろしくお願いしますね。あと愛していました。と伝えてください」


「いましたって……なるほど引きずるなってことね、うーん、僕が引きずっちゃうくらい君は素敵な女性だねー。……じゃあ元気で」


「はい、ユーギさんこそお元気で」


 ◆


 ――あくる日、曹操の使者が私を迎えに来た。


「さあ、泣かないで、あなた達は御父上をしっかりと支えるのよ」


 私は泣く我が子に後ろ髪を引かれる思いがした。だけど、ここからは割り切ろう。ユーギさんの助言を無駄にしてはいけない。

 ユーギさんも左賢王様も見送りには来ない。私の立場を慮っている「いいかい? 蔡琰ちゃん、匈奴での人生は不幸だったといいなさい。

 決して曹操には劉豹君を愛してたなんて答えてはいけない、それは君の立場だけでなく、我々の立場も悪くする、まあ僕が言わなくても君ならわかってると思うけど一応ね」


 だからこそ子供だけには未練があると、最低限の感情くらいは曹操の使いの者には見せても問題ないだろう。


 そして私の気持ちも切り替える。私はこれから蔡文姫としてふさわしい振る舞いをしよう。


「さあ、参りましょう、曹操様、いいえ丞相には感謝してもしきれません、私をこの辺境から救ってくださったのですから。都へ着いたらさっそくお礼に謁見したく存じます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る