2012年 冬
2012年 冬
「東京の女の子はさあ、みんなネイルして可愛い子ばっかなのかなあ」
腕を大きく前に伸ばした彼女の指の隙間から、夕日が眩しく差し込んだ
「どうだろうね、分かんないや」
「でもね、たとえ周りのみんながネイルをしてたとしても、私はぜっったいやらない!」
「ぜっったい?」
「ぜっったいだ!ここに誓いますっ!」
別に誓わなくてもいいのに、なんて笑いが込み上げてくるけど、
夕日の陰になっている彼女の指先は荒れていて、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
高校に通いながらバイトをし、上京の資金をためていた彼女。
ようやく高校卒業と同時に、上京することになったのだ。
そんなに手が荒れるまで無理しなくてもいいのに、最初はそう思った。
でも、必死に頑張っている彼女を見ていたら、いつのまにか応援していた。
「なんで、そんなに東京へ行きたいの?」
「そんなのこの町が嫌いだからに決まってるじゃん。少ない同級生も、道で会うたんびに話しかけてくるおじいちゃんおばあちゃんも、全部窮屈なの」
「そっか…」
「どうしたの、そんな悲しそうな顔して」
「悲しくないよ、だってずっと夢だったことがようやく叶うじゃん」
…悲しくない、と言ったら嘘になるのかもしれない。
でも、僕みたいに単純な頭しかない奴は、このモヤモヤとする気持ちが、自分でも理解できなかった。
そんな僕を見かねたのだろうか
彼女は僕の頭をワシャワシャと撫でた
「でも、東京に行ったって私たちはいつでも心で繋がってるじゃん
そりゃあ、忙しくなって今みたいにずっと一緒じゃなくなるけどさあ」
風になびく彼女の髪の毛が、夕日の眩しい光の中で、金色にきらめいていた。
「…光にあたると、金色にみえるね」
「ああ、髪?確かに夕方だからかな、より一層明るく見えるね」
「なんで髪染めちゃったの」
一週間ほど前、突然出かけたと思ったら、明るい茶髪になって帰ってきた彼女。
出逢ったときから、綺麗な黒髪が印象的だったから、勿体ないと感じてしまったのだ。
「えー、そこ聞いちゃう?」
「うん」
「…実はさ、六ちゃん茶色でしょ?だから一緒にしたかったんだ」
どう、似合ってるでしょ?なんて言いながら照れ臭そうに笑う彼女。
そんな姿を見て、
「ああ、彼女の中にはまだ僕がいるんだ」
そう本当の願いとは裏腹に安心してしまった。
*
もうすぐ春なのに、まだ頬をかすめる風が冷たい。
そんな今日、彼女は東京へと旅立つ。
だけれど、春が迫っているのを僕に警告するかのように
この田舎の駅前には、梅がきれいに咲き誇っていた。
「綺麗だね、六ちゃん」
そう彼女は目線を下げた。
電車が来るまで、大きな荷物を抱えながらホームのベンチに座った。
斜め上を見上げれば、希望に満ちた彼女の瞳がキラキラと輝いている。
ああ、あの梅の花のように、彼女の心の中にいる僕はいつか散ってしまうのだろう。
でもそれは、彼女と出逢った頃からの僕の願いでもあった。
あの梅の花のようにこぼれるのなら、それも本望だと。
彼女との日々が、走馬灯のように蘇った…
少し時間が経って、電車の到着を知らせるアナウンスが鳴る
「行こう、六ちゃん」
そう笑顔で振り返った彼女は、
今まで僕に幸せを与えてくれて、
僕が1番に幸せを願う、そんな人だった。
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