2002年 冬

2002年 冬



彼女と初めて出逢ったのは、久しぶりにこの地域に大雪が降った日だった。


当時7歳だった彼女は、1年前から僕がいた施設に入ってきた。


部屋の隅っこにいた僕に話しかけてくれた女の子。


僕の手を取って一緒に遊んでくれた女の子。


最初はそんなイメージだった。



でも、何故か彼女の周りには人がいなかった。

もっとたくさん友達がいたっておかしくないのに。

なんで僕にばかり話しかけてくるんだろう。



そんな疑問が頭の片隅に残り続けた。



その原因は、初めて一緒に学校へ行った日に悟った。



底が擦り減ったスニーカー、糸がほつれている手提げ袋、ボロボロのランドセル

コートを着ずに、薄手のズボンとTシャツで教室に入る彼女の姿。



所詮、田舎の港町。

どこかの大都会とは訳が違う。そう漠然と思っていた。



だけど、彼女を異質かのように見る同級生の視線。


あちらが彼女に壁を作ったのか、彼女がこの分厚い壁を築き上げたのか。


僕には分からなかった。


ただただ、彼女と彼女を取り巻く環境を眺めることしか

そんなことしか、僕には出来なかった。







午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


小学校低学年は、給食の時間が終われば下校になる。



「おい、そこの雑巾女、可哀そうだから牛乳くれてやるよ」

「こいつ母ちゃんに捨てられたらしいぞ」

「うわー、お前がそんなんだから嫌いでいなくなったんだ」



ほらよっと言いながら同級生は、彼女のスープに牛乳を入れた。


トクトクと注がれる乳白色の液体が、具の少ないコンソメスープを侵食するかのように濁らせていった。



「うわあ、うまそうだな」

「ほら、早く食べろよ」




「おい、聞いてんのか―「バシャッッ」




言葉が出なかった。

何を言われても黙っていた彼女が、突然立ち上がったと思ったら同級生にスープをかけたからだ。




「スープが冷めてて良かったね」



そう冷たく発した彼女は、「帰ろ、六ちゃん」といい、僕の手を握って教室を後にした。


引っ張られながら教室を出るとき、視界の端には、わなわなと震えて涙目の同級生の姿がいた。







学校から無言のまま、早歩きで進む彼女に引っ張られながら、東屋に着いた。



「私、やっぱりここが好きだな」



十数分ぶりに口を開いたと思ったらそんなことを言い出した。



「そんなことより、寒いからもう帰ろう」


「なんで?私は大丈夫だもん」


「大丈夫じゃない。ちゃんと明日からは施設で貰ったコートを着てこ」


「六ちゃんまでそんなこという」





彼女と出会って数週間。

彼女は施設に来たとき、手提げ袋で持ってきたものしか身に着けない。


いつだったか、彼女と仲良くなったばかりのときに聞いたことがある。


「物を貰うのがやなの。だってみんな私を可哀そうって目で見てくるんだもん」


そう彼女はぷっくりと口を尖らせて言っていたのを思い出した。





それを聞いたときは、深く考えなかったけれど、

今日の光景を目の当たりにして、さすがに黙ってはいられない、そう思った。


それを後押しするかのように、ベンチに座る彼女を見れば、

強がっていても、袖から見える手には鳥肌が立っていた。




「僕は可哀そうだなんて思わない!ほんとは誰よりも強いって知ってるんだから!」



何もできない弱い僕だけど、そんな僕だけど、彼女に思ってることを大きな声で叫んだ。



驚いたように目を見開いた彼女。



ああ、失敗しちゃったかな…。変なこと言っちゃったかな…。


そう思っていると、彼女の瞳がぼんやりと滲んできた。


乱雑に袖で目を擦りながら、頬をわざとらしく膨らませて言った。



「…もう、六ちゃんがそこまで言うなら、明日からちゃんとコート着るよ!」






「約束だからね…!」




笑わないで!と僕の頭をぺしっと叩く彼女は、たとえ泣いていても、鼻が赤くても、綺麗だった。





宝石のような涙を流す彼女は、

意地っ張りで、

でもどこか繊細な心をもつ、そんな人だった。

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