フレンド

なまけもの

2007年 冬

2007年 冬



「私、冷え性なんだ」


そう彼女は言った。


冬の時期に彼女が言うお決まりのセリフ。


長く続く坂道の途中にある東屋。

この田舎を一望できる休憩所。

ここが彼女と僕のたまり場だ。


彼女は、同級生より古びた赤いランドセルと手提げをドサッとベンチに置き、年季の入った木の柵に寄り掛かった。


いつもならこの後、はぁっと手に白い息をかけるのに。

何故だか、今日は不機嫌そうに頬杖をついていた。


「どうしたの?」


そう僕が尋ねると、ムッとした表情をし、巻いていたマフラーを取って、軽く僕の方に投げてきた。

強く投げないところに彼女らしさを感じ、口角が上がってしまった。


「どうしたのって見てたでしょ、さっきの。六ちゃんなら私の気持ち分かってくれたと思ったのに」


「わかってるよ、笑ってごめんって」


「そこに怒ってない」


彼女の言う「さっきの」とは、彼女に気があるクラスメイトがした行動のことである。


「私が手を擦り合わせてるのを見て、『寒いの?』って聞いてきたからさあ、冷え性のこと言ったら、カイロ渡してきたんだよ?そんなの私の理想の男ではございません!」


「カイロ渡せばいいってもんじゃないんだー!」


そう大声で叫ぶ彼女を目の前にし、別に優しい行動だと思うけどな、なんて感じた僕の気持ちは心にしまったおいた。


はぁっと大きなため息をついた彼女は、叫び疲れたのか乱雑に置かれた荷物の横に座った。




「そういえばさ、幼児期健忘っていうのがあるんだって。ふつう、人は3歳までの記憶はないんだよってやつ。まあ、六ちゃんにはそもそも無いかあ」


「僕はないね。」


「もし覚えてる場合の記憶はね、親の話とかそのときの写真を見て、自分の中で後から勝手に作ったものなんだって」


「そうなんだ」


「…じゃあ、私はなんで覚えてるんだろ」


「覚えてるの?」


「うん、私の手をお母さんが優しく包み込んでくれててね、子守歌を歌ってる記憶。

だからさ、幼児期健忘ってやつが本当だったらさ、この記憶って私が勝手に作ったってことになっちゃうよねえ……」


ハハっと枯れたような笑いをしながら、彼女は顔を真上にあげた。


僕は、ただただ彼女の視線を追いかけた。


屋根の端には決して大きいとは言えない蜘蛛が巣を張っていて。


前を見れば、風に揺られる彼女の髪。


上を見れば、微動だにしない小さな蜘蛛の巣。



僕が知らない彼女を覗いてしまったような、そんな気分になった。







少し時間が経っただろうか。静まり返った空間を断ち切るかのように、強い隙間風が吹いた。


ふと外を見ると日が沈み始めていた。


僕の視線を感じとったのだろう。

彼女はマフラーを巻きながらベンチから立ち上がった。


「寒くなってきたね。そろそろ帰ろうか、六ちゃん」


「これからもっと冷えるから手提げに入ってるカイロ使いなよ」


「なによ、さっきの嫌味ですかぁ?」


「違うけどさ、寒いなら使った方がいいよ」


「ううん、大丈夫。だって六ちゃんがずっと手を添えてくれてたもん」


「僕が手を添えたって冷たいままでしょ」


「手は冷たくても、心は温まりましたぁ」



にかっと笑った彼女は勢いよくランドセルを背負い、座っている僕の目線に合うように中腰になった。


僕の黒い目をまっすぐ見つめる彼女の茶色い瞳。

そこに映し出される自分の姿は、なんとも言えない顔をしていた。




「私は六ちゃんがいれば、それで十分なのです」




そう言う彼女は、

おてんば娘で、

でもどこか悲しげな表情を浮かべる、

そんな人だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る