第13話 田舎者であるということは


 彼は続ける。


「だからこそ残ったのだと思いますよ」


 はっきりとそう告げたのが聞こえた。


「君は田舎者だと馬鹿にしていたようですが、アリス君には血筋も後ろ盾もありません。定住する魔導師のいない西側の土地の出身ですから、私らと比べると魔法に馴染みはなかったはず。それでも彼女は魔法を使えている。おそらくそのことで、迫害を受けたこともありましょう。南部と違って西部は水の精霊の加護を受けている実感を得にくい土地ですから、魔導師自体が気味悪く思われている節もありますしね。君には想像できますか?」


 ウラノスの説明を聞きながら、アリスは胸の奥がもやもやするのを感じる。西側の情勢をよく知っている理由が、彼が一度は視察に来ているからにしか思えない。過去に顔を合わせている可能性があることに、アリスは今さら気づく。


「っ……!!」


 返す言葉が浮かばないらしいロディアに、ウラノスはなおも台詞を続ける。


「ロディア君が魔導師の家系として有名なグラナティス家の長子であることは存じております。高名こうみょうな魔導師の下で、たくさん努力をしてきただろうことも想像できます。期待に応えなくてはという気持ちも理解しているつもりですよ。でも、君が学んだ環境はアリス君と比べれば、随分ずいぶんと恵まれていたはずだ。違いませんよね?」


 ウラノスの問いにロディアは答えない。不愉快そうににらんでいるだけだ。


「そして、彼女の得意とする魔法は攻撃魔法。特に火炎系の。一度見せていただきましたが、あの火力を出せる魔導師はなかなかいませんよ。その強すぎる力を制御する意味も込めて試験を受けたというのですから、私は高く評価しますね。その一生懸命さは、私にはないものです。ですから、彼女の才能を私が育てたいと思った」


 ――ど……どこからどこまでが本音?


 そう言われて悪い気はしないし照れくさいが、ウラノスがどこまで自分の思いを素直に出しているのかアリスは疑ってしまう。彼が少々ひねくれ者で照れ屋であるということはこの旅を通じて理解できたが、まだまだわからないところはたくさんある。


 ――それに、どうして今ここでそんなことを明かすの?


「ふん。どうせ育ちませんわ。返せば危険な力ではありませんか。そんなものを王宮の中に入れること自体、国を危うくさせますわ」


 沈黙を続けていたロディアだったが、小さく鼻を鳴らして笑う。


 ――国を危うく……。


 ロディアの反論に、アリスはなるほどと頷いた。自分が未熟であることを認識しているアリスには、彼女の台詞は重い。


「万が一のことが起きるような事態になったときは、私が命に代えても止めますよ。その危険に怯えることよりも、アリス君にはもっと魔法を覚えてもらってきちんと制御できるようになってもらった方がいい。王宮なら資料も施設も一番充実していますから」


 その台詞を言い終えると同時に急速展開する魔法陣。ロディアの足元に広がる闇の円陣は暗い触手を伸ばしはじめる。


「こ……この魔法陣はまさか」


 事態に気づいて対抗魔法の詠唱えいしょうをはじめるロディア。彼女の顔に焦りが浮かび、額から汗が流れ落ちる。


「そんなわけでロディア君。私はアリス君以外の人間を自分の弟子に迎えるつもりはないのです。反省の足らない君には、アリス君がどれだけ苦労したのかを味わってもらうことにしましょうか。――時間稼ぎに付き合ってくださり、ありがとうございました」


 ウラノスがいつから魔法を仕込んでいたのかはわからない。しかし、彼はにこやかな表情を浮かべてロディアに手を伸ばすと、魔法陣がその効力を発揮した。


「そんなっ……」


 ロディアの対抗魔法は間に合わなかったようだ。悔しげに歯を鳴らしながら、彼女の身体は闇に飲まれていく。


「――何をしたんですか? エマペトラ先生」


 ロディアの身体は闇に触れた部分から小さくなっていく。


「君にかけられた呪いと同じことをしただけですよ。ただ、きちんと反省するまで呪いは解けませんし、魔力も封じさせていただきましたが」


 やがて闇が晴れ、姿を現したのは一匹のガマガエルだった。


「よくもよくも……ウラノス様! この恨み、そして屈辱くつじょく、一生忘れませんわ!」

「恨み続ける限りはその呪いは解けませんよ? ちゃんと反省しなさい。――そして次の試験に備えなさい。君の才能だって私は高く評価しているのですから、間違った使い方をしてこれ以上失望させないでください。また会える日を楽しみにしております」


 言って、ウラノスはロディアに背を向け歩き出す。彼の背後に向かってロディアは何か叫んでいたようだが、よく聞き取れなかった。

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