第6話 意外な再会


 外がすっかり暗くなっても、ウラノスは戻って来なかった。


 ――あたし、忘れられてない?


 見知らぬ広い部屋に一人残されては、だんだんと寂しさがつのる。

 窓が開いていて風が入るからだろうか。アリスしかいないはずなのに、何かの気配を感じて少しだけ怖い。冷たい夜風が毛皮に包まれた肌を撫でる。


 ――うぅ……寒い……。


 アリスは小さくくしゃみをする。肌寒さで小さな身体を震わせていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。アリスはびくりとさせると、静かに耳を澄ます。


「先生、荷物届けにきたんですけどー」


 その幼そうな声に聞き覚えがあって、目をぱちくりさせる。

 もう一度、扉が叩かれ、返事もないのに声の主が入ってきた。廊下の明かりが彼の横顔を照らす。

 故郷の大地に似た赤茶色の柔らかな髪、芽吹いたばかりの若葉のような明るい緑色の瞳。人懐っこい童顔の青年は、やはりネロプネブマ王国の紋章入りのローブに身を包み、何かを手にしていた。


 ――やっぱりフィロさんだっ!


 彼の名はフィロ=スマラグティ。故郷を視察に来ていた彼に頼んで、こっそり魔法の指南を受けていた。アリスにとって、最初の魔法の先生であり、恩人だ。


 ――でも、どうして?


 久し振りの再会を喜ぶ気持ちと、意外なところでの登場をいぶかしく思うのとで、アリスはまず様子をうかがうことにする。


「あー、人に仕事押し付けておいて、留守ですかっ。ったく、いっつもあの人は人使いが荒いんだから」


 ため息をついて、フィロは部屋の奥に進んでいく。カーテンが揺れる窓の前まで歩き、執務用の机に持っていた荷物を載せた。


 ――あれってもしかして……。


 月の光に照らされたそれを見て、アリスは驚く。野良犬に持っていかれたはずの荷物だったからだ。


「しっかし、アリスちゃんはどこに消えたことやら。エマペトラ先生の狼狽うろたえる顔を拝めたのはすっげー貴重だったけど」


 やれやれと肩をすくめて彼は部屋を出て行こうと歩き出す。

 薄暗い室内、フィロがアリスのいるテーブルの近くを過ぎったときだった。不意に風が吹いてきて、アリスは盛大にくしゃみをした。


「だれっ!?」


 瞬時にフィロが魔法を使用したのがわかった。彼が最も得意としている探知魔法だ。探知魔法の使い手であるがゆえに、彼は各地を視察しては水脈や金鉱などを探り当てている。特定の人間や動物を捜すのは、本人ほんにんいわく苦手だそうだが、存在の有無を確認する程度であれば造作ないことのはずだ。

 まもなく、フィロと目が合った。


「ネズミ……?」


 訝しげな目を向けられる。つかつかと近付いてくると、ひょいと首の後ろをままれた。アリスは軽々と持ち上げられてしまう。


「命知らずな子もいたもんだね。この部屋にいたんじゃ、いくつ命があっても足りないぞ」


 フィロは迷うことなく窓際に向かう。彼はアリスを殺そうとはしないようだが、このままでは外に追い出されてしまう。アリスは焦った。


「待ってください、フィロさんっ!? あたしですっアリス=ルヴィニですっ!!」


 短いネズミの四肢をバタバタさせながら告げると、フィロの動きがピタリと止まった。


「……アリスちゃん?」


 摘ままれたまま、フィロはアリスの顔を覗き込む。必死に頷いてみせた。


「あんた、なにやってんの?」


 あきれた気持ちが口調からよくわかる。アリスであると認識してくれたことはありがたい。

 アリスはここまでの経緯いきさつい摘んで説明した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る