残響とアルミホイル、非テレパス -2

「キミってさ——“非”テレパスって、ほんとうなの?」

「まぁ、そうかもしれない」


 わたしは受け取った封筒を確かめながら、曖昧な返事を彼女にする。非テレパス——その単語を耳にするたびに、わたしはなんて奇妙な言い回しなのだろうと疑問を感じざるをえなかった。すくなくとも、この地域周辺に住んでいる人たちは全員、他人の思考を読み取ることができる、テレパス能力を使うことができた。それが常識で、それがノーマルで、それが普通で、マジョリティなのだ。翻って言えば、他人の思考を読み取ることができないわたしは、“非”常識的な存在で、“非”ノーマルで、“非”普通で、“非”マジョリティだ。

 わたしの持っている違和感とはずばり“非”テレパスという言葉は「テレパス」という言葉の派生から生まれたはずであり、その「テレパス」という言葉が誰かから要請されて生み出されるとするならば、それは思考を読み取ることができない人が、常識的、ノーマル、普通、マジョリティの社会から産み出されるはずなのだ――ねぇ、ちょっと! ――そこまで考えたところで、目の前の少女が声をあげて、わたしの思考を遮った。


「あんまり、深く考えない方がいいんじゃないかな。だってのぞいているかぎり、そういうの、得意じゃなさそうだし。賢い人の思考はもっと整然としているものだったよ」

「うぅん。そうかもね」


 たしかにわたしは考えるのが苦手だった。今でさえ、側頭葉がズキズキと痛む。まるでグリスを塗り忘れた歯車のように。それに呼応するように、頭に掛かった光輪がばちばちと明滅する。


「キミはテレパスがなくても相手に感情を伝えるのが上手そうだけれど」


 彼女は悪戯っぽく笑うと、明滅する光輪に手を伸ばしてきたから、わたしは伸びる手を軽く打ち払った。彼女はすこし驚いた様子を見せたが、それから一秒も経たずに、またどこか人を食ったような笑みを浮かべる。


「その光輪を軽率に触らないで。触られているって感触があるから」

「とにかく、重要なのは現在現実だよ。二番目が単純化。キミを除いたすべての人間はテレパスであり、キミはそうではないから非テレパスと呼ばれている。そしてキミは運び屋でもある」


 パチンと彼女は指を鳴らす。それに意味があるのかはわからないが、その残響は寂れた集合住宅地に物悲しさを与えた、ような気がした。


「——だからさ、この封筒を、書いてある住所まで送り届けてほしいんだよ」

「あなた、その意味をしっかり理解しているの? 本当はこういう仕事は周回輸送用のボットが自動で送り届けてくれるものでしょう」

「あたしらテレパス——お互いに思考を傍受されることを嫌ったあたしらはインターネットを介してコミュニケーションを取る。実体を伴うものはボットに運ばせる。手紙の中がなにか、テレパスで簡単にわかってしまうから。けれども、その中でも特別大事なものは、非テレパスのキミに運ばせる」


 ボットは、襲撃や紛失に対しては無力だった。だから人間が武装して輸送する必要があった。非テレパス、輸送員のわたしは銃火器の使用が法的に許可されている。攻撃されれば反撃できるし、依頼人が事前に許可を出しているならば荷物の焼却処分さえ許されていた。言ってしまえばわたしは輸送の専門家だった。そして専門の技術——そう呼ぶには、わたしはそれを偶然から手にしているだけにすぎないが——を利用するだけの特別料金も発生した。それはボットには払わなくてもよいものだ。たった一通の手紙に? これがそんなに重要な手紙だろうか。


「あのね。キミは余計なことを詮索しなくていいんだ。ただ平時のように、あるものを地点Aから地点Bへと移動させるだけの仕事をこなせばいい」

「そんなつまらなそうな説明をしないで。わたしにとって重要なのは、あなたに支払い能力があるか、どうか。それからあなたの名前。それだけわかれば、地点BにだってCにだって、飛んでαまでだって運んであげるから」

「それは、とても頼もしいね」

 

 彼女はそう言うとポケットから財布を取り出した。合成皮の素朴な財布だった。財布から身分証と、必要なだけのお金をわたしに手渡してきた。どちらも寒さでひんやりとしていた。ポケットのなかの、財布のなかの、身分証の表面に刻印されていた名前は、折後おりあとミカという形を成していた。わたしはそれを反芻はんすうするように口に出した。

 呼ばれた彼女はそれに反応を示すように、にっこりと笑った。もしも、学校があるならば、とわたしはまた考える。もしも、学校があって、そこに日溜ひだまりが落ちるクラスルームがあって、そこにいる生徒たちの人数を数えるために出席を取り、そのために名前を呼ぶ場面があるのならば。やはりこのような反応を示すのだろうか——そこまで考えたところで、彼女が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。いや、正確には、見ているだけで目をまわしそうな瞳孔をこちらに向けて、のぞいていたと呼ぶべきかもしれない。


「そんな“学校”とやらのレガシーシステムに憧れを持っているんだ?」

「誰だって不足に対して所有の欲望を抱いているもの。テレパスが非テレパスに対してそうであるように——いいや、そんな無駄な話。そんなことをしたってわたしはテレパスになれるわけじゃないし、あなたが非テレパスになるでもない。

 確かに荷物も、お金も、送り主と送り先の情報も確認できた。確認した以上は仕事するよ。急ぎの荷物?」

「ううん。たいしたことではないから、できれば、あなたが抱えている依頼をすべて終わらせたあと、本当一番最後に、それを送ってほしい」

「…………そう? じゃあ、そうするよ」


 奇妙な話だ、と思った。わたしに依頼するほど大事なものでありながら、特別急を要さないならまだしも、一番最後に送ってほしいだなんて。わたしは折後ミカの言葉に違和感を覚えたが——彼女はわたしが抱えた違和感についてのぞき知っているにもかかわらず——彼女はなにか付け加えて説明することはなかった。ただ、わたしに言い聞かせるように言葉を繰り返す。


「言ったでしょ。あなたは詮索することなく、依頼されたとおり、それを地点Aから地点Bへと移動させるだけでいいの。よろしくね、アケミ」

 

 彼女は名前を呼んだ。呼んで0コンマ何秒か遅れて、それがわたしの名前だと認識する。「じゃあ、また会いましょう」また? 呼称と認識のあいだの些細ささいなズレが、言葉と返答に大きなズレを生んだ。「また会いましょう、って」どういうこと? と聞こうとした時には既に、折後ミカはきびすを返して集合住宅廊下の奥へと姿を消していた。手元には一枚の封筒。特別飾りのない、業務用として大量購入可能な、長辺23.5センチメートル、短辺12.0センチメートルの封筒だけが残された。

 封筒は、あまりにも軽く薄っぺらい。もしかしたら、何も入っていないかもしれない。わたしは軽く咳をしてから、また自分の部屋に戻った。

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UFOと単調なリズム、非テレパス Sanaghi @gekka_999

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