第11話

 (三十二)

 鬱陶うっとうしい天気が続く六月が終わりかけていた。沙耶は、すでに親達の決めた就職先があるにも関わらず、とりあえず自分で道をひらいてみると就職活動を行っている。

 どうやら就職活動というものは、沙耶の思っていたようなものではなく、心身しんしんにかなりのストレスが加えられるものだったようだ。それを解消することもあるだろうが、彼女が部屋にくる事がさらに増えた。今ではほぼ毎日やってきては、キッチンで二人分のコーヒーを入れ、ひどくくつろいだ表情でその日あったことを報告するようにもなった。

 その部分だけを切り取れば、なか同棲どうせいしているようなものである。

 大きく変わったといえば、前の牟田口に関わる話をぷっつりとしなくなったことだ。まるで、そういった過去など無かったかのようにい始めたのである。まるで初めての彼氏は僕だとでも言うようだった。

 しかしそれと反比例し、僕の精神は支障ししょうしょうじ始めていた。要はキャパオーバーである。良い事も悪い事も全てを受け入れるには、自分はまだ未熟だっだ。

 沙耶が牟田口とのあれこれを口にしなくなったものの、僕の記憶には沙耶の話した牟田口とのことが完全にまれていた。脳がその記憶に触れるたびに気を滅入めいらせ、精神的に不安定になり、そんな話を聞かせてきた沙耶にうらみにもにくしみにも似た感情が心の奥にくことを認めざるを得なかった。

 彼女を愛していながら、どこかで同時に相反あいはんする想いが日増ひましに強くなりつつあった。

 沙耶と牟田口に逢う為に通っていた門前仲町を含む「江東こうとう」という文字が付いている所へ行く事を拒絶きょぜつするようになった。沙耶達が行ったという場所も駄目である、一生訪いっしょうたずねたくないとさえ思うのだ。いや、思うだけではない、その場所を聞くだけで怒りの感情が湧き、いまわしいものとして感じられる。そして、そこに沙耶が行ったのだと思うや、彼女に対して怒りが湧く。沙耶の車も、あの男も乗っていたのだから、絶対に乗りたくない。

(こんなの、おかしい、なんで自分が彼女に怒りを感じるんだ)

 沙耶が間違ったことをしたのか、ただ彼女はごく普通に牟田口と恋愛をしていたに過ぎない。そして別れた、それだけだ。すべては彼女が決め、実行したのだ。そして、そこに一つも誤りはないと思う。

 沙耶は僕を信頼し、四年も付き合っていた恋人との別れにともなう痛みや苦しみを話した。それを僕は受け止め続けられなくなっているだけなのだ。脳裏のうりからこびり付いて離れない彼女の牟田口との思い出話しは、単に自分の度量どりょうがないために、苦しみと怒り、憎しみを覚えるに過ぎない。

 そう言い聞かせても、その感情は事あるごとに湧き上がり、いつしか沙耶本人にさえぶつけたくなる。いや、自分の気持ちを言葉にしないだけで、僕は彼女を抱いていても、憎くて愛しい者に対するよう、沙耶の身体を求め続け、彼女の身体に怒りをぶつけていたのかもしれない。

 どんなに僕の行為が粗暴になっても、沙耶は受け入れてくれていた。かんの良い彼女ことである、僕の状態が尋常じんじょうなものではないことに気付いていただろう。


 (三十三)

 夏休み前の期末試験が終わった。静馬と秋穂とは相変わらず距離を置いている。静馬とは絶交を言い渡されており、彼は進路を理系にしているので、ほとんど会うことは無くなった。だが、秋穂とは一緒のクラスだ。僕は出来る限り彼女の側に行かないようにし、彼女もこちらの気持ちを理解しているらしく、時折寂しそうな眼差まなざしを向けて来るだけであるが、秋穂がどう思っているのかは何となく分かっていた。

 期末試験最後の科目は英語で、その試験が終わると、クラス中に試験が終わった喜びや、これからひかえている夏休みへの解放感が満ち始めていた。

 やはり僕は病んでいるのだと思う。クラスメートのはなやいだ雰囲気を嫌い、そそくさとかばんつかむと、友人たちの遊びの誘いを断って高校を一人で下校した。まだ梅雨は終わっていないのだが、この日は梅雨の晴れ間で、太陽はまぶしく、気温も本格的な夏がきたように暑かった。

 一人でいると、絶えず沙耶のことを考えている。彼女を求めて心がねるような気持ではなく、どす黒いの感情がもたらす神経をり減らすような想いである。まるで、自分で自分を追いつめているような感じがした。それがまた腹立たしいのだ。

 日に焼かれ、汗が若干浮いている。どこにも寄らず、住いの近くまで来ていた。工場やオフィスビルが建つ一帯は、人や車の往来おうらいが激しい。直線道路も多いので、一ブロック先の路面にはみずが揺らめいている。

 背後から誰かが走ってくる足音がした。反射的に沙耶かと思って振り返ると、秋穂だった。何だという失望と、何でという疑念ぎねん交錯こうさする。僕は、黙ってその場に立ち止まり、顔を赤くしてポニーテールを揺らす秋穂が近づいてくるのを待った。相変わらず小鹿のように見える。

 彼女は息を切らして僕から二メートルほど前で立ち止まった。

「……なんでけるの」

 息を継ぎながら秋穂は言った。すがるような瞳だった。

「避けてはいないけど、僕ら少し距離を置いた方がいいとは思っている」

 そう答えると、彼女は下を向いた。高校から僕を追いかけて走り続けてきたせいだろうか、秋穂の額や首筋から汗が流れ落ち始めていた。

「うん、……そう、でもそれが避けていることじゃない」

 何故だか、いつもより彼女は綺麗に見えた。汗をかき、細い肩をすぼめるようにして立つ秋穂は男の保護本能をくすぐる。

「静馬とは、どうなの……」

 そう訊ねると、秋穂は首を力なく横に振った。

「目も合わせてくれない」

 会社員らしい三人連れが、僕らを迷惑そうに避けて通り過ぎた。

「……ここじゃなんだから、僕の部屋にくる」

 まずい事を言ったという気はした、でも自然とそう口を突いて出たのである。なぜ、言ってしまったのだろう。

「いいの……」

 秋穂は上目遣うわめづかいで僕を見上げてきた。瞳が濡れているように見えた。

「いいよ、ここではきちんと話も出来ないし」

 そう言い終え、そのまま住いのある印刷会社へ歩き始めた。秋穂が付いてきているのは分かっていたが、会社の門を通り抜けるまで振り返らなかった。まずいなという気持ちはさらに大きくなって、今では後悔に変わり始めている。

 敷地内にある二つの工場からは盛んに印刷機が回っており、ここからは見えないがバックヤードの方向からはフォークリフトが出来上できあがった印刷物をトラックに積み込んでいる音がしていた。

 僕の部屋がある本社ビルのロビー前には人気ひとけはなかったが、来客用駐車場には月ヶ瀬社長の黒い社用車と出入りの業者が乗ってきたと思われるグレーのライトバンが二台停まっている。

 ビルの脇を回り、社宅用の通用ドアをカードキーで解除し、僕はビル内に入った。ビル内は全館冷房が入り涼しかった。通用ドアを潜るとき、ちらりと本社ビルの背後に建つ、沙耶の自宅に目をやった。沙耶からは、今日二次面接があると聞いている。もう帰ってきているのだろうかとふと思った。

 部屋に入るまで、幸い誰にも会わずに済んだ。データ管理と大判プリンタ部門の部屋は誰も居ないようだ。

「上がって、朝起きた時のままだから、散らかっているけど」

 そう言い、朝起きたままに寝乱ねみだれたベッドが置いてある窓側のエアコンを点けた。振り返ると、秋穂はまだ玄関口に立ったままである。

「上がりなよ」

 と僕が呼んだ。

 秋穂は誰も他に居ないのに「お邪魔します」と小声でつぶやきながら、自分のかばんを玄関に置き、少しおっかなびっくりした様子で玄関を上がってきた。

 彼女を罠にかけ、部屋に連れ込んだような感覚がある。彼女の小さく華奢きゃしゃな身体と、膝上十センチほどの制服が、ひどく魅惑的みわくてきに見えた。ベッドに彼女を押し倒すのは簡単そうである。もし、沙耶と恋に落ちなければ、秋穂と付き合っていたのだろうかと頭の隅で考えていた。

 男子高校生の一人住まいの部屋を秋穂は物珍ものめずらに見回しているが、ベッドの方向だけは見ないようにしているのが分かった。

「その辺りに座っていて、今、飲み物入れるから」

 そう言うと、秋穂が両手を振って「ああ、いいよ、気を使わないで」と遠慮する表情も可愛いと思ってしまう。

 僕はどうかしている、得体の知れぬ獣が心に巣食すくったような、激しい衝動しょうどう奥底おくそこから突き上げてき、それを抑えるのに必死になっている。衝動を抑え、キッチンの冷蔵庫から麦茶を入れたクールポットを引っ張り出した。小さな食器棚からコップを二つ用意し、良く冷えている麦茶を注いだ。

 冷たくなったコップを両手に持ち、部屋に戻ると、秋穂はベッドが唯一視界に入らない位置、つまりベッドを背にし座っていた。「はい、どうぞ……」と両手に持っているコップの一つを彼女の前に差し出した。

「ありがと……」

 のどかわいていたのだろう、秋穂はコップを手にすると、こくこくと一気に半分ほど麦茶を飲みした。白いのどだ、それも沙耶より細い。

「おいし、……走ったからのどかわいちゃって」

 こちらの視線に気づいたのだろう、彼女は恥ずかしそうにコップを卓袱台ちゃぶだいの上に戻した。

「……」

「男の人の部屋って、こうなのね。……結構整頓されてる」

「……仮住まいだからね、いつかは出て行かなければいけない部屋だから、そうそう好き勝手に使えないんだ」

 この部屋を去る日は、そう遠くないはずだ。それに、こうして沙耶や秋穂をまねくようなことを仕出しでかしている今、それは早まる予感がある。

「そうなんだ、どうするの」

「どこか働いて、アパートでも探すしかないんじゃない」

「本当に大学へは行かないの。成績、悪くないよね」

 昔一度むかしいちど、何かのおりに大学には進学しないと秋穂に言った覚えがある。彼女はそれを覚えていたようだ。

「ああ、いかない。高校出たら働く」

「……それは向島君の勝手だけど、……じゃあ、高校を出たら私達バラバラね」

「そうなるかもね、秋穂は大学行くんだろ」

 僕は麦茶を一口飲んだ。そして、自分が彼女を八嶋さんと言わず、秋穂と呼んでしまったことに気付いた。彼女もそれに気づいたようだ。

「……行けと言われている、親から」

 秋穂の返事は溜息ためいきじりの言葉となっている。その溜息ためいきが、親から言われたことに反発しているためのものか、それとも別のものかは判らない。

「行った方が良いと思うよ。うちの高校は進学校だから、入る時点で大学進学は決まっているようなものだし、それに、あき……八嶋さんは俺より成績良いしさ。ああ、そうか、静馬と進路が違うから合わせるの大変かもしれないな」

 再び秋穂と呼びそうになり、慌てて修正した。秋穂は静馬の彼女だ、そう思いつつ相変わらず獣の様な衝動をおさえるのに苦労している。

「……彼のことは良いの、……それより、今、秋穂って呼んでくれたでしょ、これからもそう呼んでも良いよ」

 彼女は白い首まで赤く染めて、そう告げてきた。

 くそっ、どうしたんだ、彼女が欲しくて仕方がない。沙耶の事を頭から追い出して、欲望のままに秋穂を抱きたいと思い始めている。

「それに青地君とは、大学一緒にするとは決めていないから……」

「そうなの」

「うまくいかないかもしれない、青地君とは……。私はあなたが良い」

 こちらを見つめ秋穂はそう言った。僕は秋穂に生々なまなましい女の顔を見ていた。「またそんなことを言う」と思いつつ、彼女が何を求めてきているのか、はっきりと判った。それは、自分と同じものだ。「背徳はいとく」、「裏切り」、そんな言葉が浮かんだ。

「……お代わりを注いでくるよ」

 中腰ちゅうごしになり、秋穂の前のコップに手を伸ばした。さっと、素早く秋穂の右手が伸びてきて、僕の手を掴んだ。互いに触れ合ったのはこれが初めてだった。恐らく彼女の行動は、反射的なものだったのだろう。自分で僕の手を掴んだにもかかわらず、自分の取った行動に驚いたような表情を一瞬浮かべる。

 だが、そう行動したことで、彼女を少し大胆にさせたのかもしれない。掴む指の力が増してきた。そのため、僕は彼女のコップを掴み損ねてしまい、コップはからんと横に倒れ、少し残っていた麦茶の輪をローデスクの上に広げ始めた。

「あっ、拭くものを」

 とはじかれるように立ち上がる僕に手を握ったまま秋穂も立ち上がっている。彼女の視線が僕から離れない。秋穂は握る僕の手を自分に引き寄せた。

「好き……」

 そう言った。

 目の前に細い小柄な秋穂の身体がある。身体の造作は沙耶とは全く違うが、それでも十分魅力的だ。空いている左手を彼女の腰に回すと、弾力のある尻のふくらみを指が触れた。僕が腰に手を回したのと同時に、秋穂は握っていた手を放し、両手で僕を抱き締めてくる。ひどく熱い身体だった。そして、つま先立ちになった彼女の顔が近づき、僕は秋穂の唇に自分の唇を押し付けていた。

 女性の身体は沙耶から教わった。だから、女性の身体に物怖ものおじすることは無くなっている。どうあつかえばいいかも、少し分かり始めている。

 それを実行するだけだ、と僕は沙耶を想い浮かべつつ、次の行動に移ろうとした。秋穂の身体が一転いってんして震え始めていた。


 (三十四)

 部屋のドアが開いた。最初に気付いたのは秋穂だった。彼女は「はっ」と強く息を吸い、身体を縮めるように僕から急に離れた。リクルートスーツ姿の沙耶が玄関に立っていた。疑心ぎしん、ショック、そして悲しみへと沙耶の表情が変わっていく。しかし、その表情に怒りは浮かんでいない。だが、僕らが抱き合い、唇を重ねているのをしっかりと見たはずだ。

 しばらくの間、頭も体も硬直こうちょくしたまま沙耶と見つめ合った。

「ごめんなさい……」

 と、我に返ったのか下を向いてこちらも固まったまま僕に隠れるようにしていた秋穂が、素早く沙耶の横を駆け抜け、靴を突っかけるように部屋を飛び出していった。玄関には秋穂のかばんが残されたままである。開かれたドアがゆっくりと沙耶の背後で閉まり、遠ざかっていく秋穂の靴音がかすかに聞こえている。

「……なんで」

 そう僕を見つめたまま言い、沙耶はゆっくりといていたパンプスを脱ぎ床に上がる。

 目撃した光景から逃げるように沙耶もまた、部屋を出ていくだろうと僕は思っていた。彼女はプライドが高い、だからこのような状況は認められないだろうからだ。なのに彼女はこちらを見つめたまま動こうとしない。

「なんで……」

 声は先ほどより大きく、そして湿しめり気を帯びていた。

(どうして怒らないんだ、罵倒ばとうでもしろよ)

 そう思った時、なぜか逆に僕の心に怒りが湧き上がってきた。考えてみれば、これまで胸の中で抑えていた様々な沙耶と牟田口との事への怒り、それと秋穂を抱く間際まぎわまでいっていながら、思い通りに事が運ばなかったという獣じみた怒り、沙耶という存在が居ながら秋穂を抱こうとした自分への怒り、そのような物が怒りを複合的に増幅ぞうふくさせたのだと思う。自分勝手で本当に理不尽りふじんな怒りだ、しかし、僕はその怒りを抑えることができなかった。

 加えて怒りの発端でもある沙耶への強い欲求が突き上げてくる。秋穂を抱こうとした獣はまだ身体に巣食すくったままでもある。

 立ちつくしたまま動かない沙耶の身体を荒々しく引っつかみ、ベッドの上に放り出すのは簡単だった。沙耶は「キャッ」と小さな悲鳴を上げたのも構わず、スーツの下の襟が少し空いたシャツのボタンを引きちぎりながら前を開くと白く清楚せいそなブラが現れた。

 「だめ」と沙耶は言ったが、「やめて」とは言わなかった。ブラに隠れきれない盛り上がる二つの丘の間に僕は顔を押し付け、唇に触れた肌を強く吸った。肌から汗と香水、そして微かにたばこのにおいがする。

「……だめだよ」

 彼女はそう言い続けた。僕は構わず、弱弱しく足掻あがいている彼女のパンツのチャックを下ろし沙耶から引きがした。下のショーツもブラと同じ色であった。そしてショーツに指をかけた。

 前戯ぜんぎも何もない、沙耶のショーツは彼女の左脚に引っかかったままだ。僕は無理やり彼女と一つになった。痛みなのか衝撃なのか、沙耶は甲高い悲鳴を上げたが、僕は動き続け、あわただしく想いを遂げた。それでも動きは止めなかった、少し動いているとたちまち力を盛り返してくるのだ。行為のたびに少しずつ彼女を裸にしていき、最後は自分も裸になり、何度も彼女を犯し続けた。

 その最中、何度目かの行為の時、部屋のドアが開かれたような気がした。誰かに見られたと思ったが、気にしなかった。ただ、沙耶の身体に自分をぶつけ続けた。僕は狂っていたのだ。そうとしか言いようがない、普通なら沙耶に対しこんな暴力的な行為をする自分が許せないはずだ。これは愛のあかしだなどというものではなかった。僕の行為は強姦に近い。

 いつしか、犯されている沙耶も、あられもない声を上げ僕の動きに応え始めている。自分の獣じみた感情が移ったに違いない。沙耶は僕に爪を立て、僕の上や下でのたうち回ったのだ。

 開かれたドアがいつ閉じたのかは知らない。誰かが僕らを見ていたのは事実だと思う。

 嵐が去り、汗にまみれた沙耶の身体を見下ろしながら、僕には後悔しか浮かばなかった。こんなことを彼女に仕出しでかすために愛したわけではないはずだった。彼女を護りたいからあこがれの人から最愛の人として接するようになったのだ。その愛しい人を、僕は自分の卑屈ひくつな感情だけで犯すようなまねをしてしまった。

(最低な男だ)

 そう思った。

 やがて、沙耶はのろのろと身を起こすと、脱ぎ散らかした衣類を黙って一つ一つ身に着け始めた。彼女は打ちのめされたように見え、正視せいしできなかった。最後に黒いバッグを拾うと、玄関に向かい靴を履き、そしてわずかにこちらを振り返り「……帰るね」と呟くように言った。

 扉を開け、よろめくように疲れ切った背中を見せて出ていく沙耶に僕は「ごめん」と言った。それが彼女に聞こえたかどうか分らなかった。

 何時の間にか秋穂のかばんが無くなっている。

 時計は午後の六時を指していた。

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