第10話

 (二十九)

 その日を境に、定期的に沙耶と身体を重ねた。

 朝と夕の食事はいつものように月ヶ瀬家で取っており、どうやら沙耶の両親は僕らがそういった間柄あいだがらになっているのを知らない。沙耶は家の人が寝静ねしずまった午前零時過ぎに部屋にやってくる。以前は堂々と食後に一緒に部屋に付いてきたりしたが、身体の関係を持った後からはそうするようになったのだ。

 居候いそうろうの身であるため、彼女の両親から好意で住まわせてもらっている部屋でのセックスは望まなかったが、いつしかそんなくさびは外れてしまっていた。沙耶も僕の変化に気付き、その行為は積極的になり続けている。

 同時に彼女は「こんなこと忠邦以外誰にもしたことがない」とか「させていない」と、行為の後に告げてくることも多くなった。僕らは互いの身体の隅々すみずみまで目にし、果ては黒子ほくろの位置まで知り合うようになっていた。

 沙耶との関係をこちらから知らせるとこはしないが、もし、沙耶の両親に知られた場合は、今住まわせてもらっているこの場所を出なければいけないだろう。まだ、高校二年であるため、出てどうすれば良いか分らないものの、覚悟かくごはしておいた方が良いと思っていた。

 沙耶の両親は、彼女が牟田口と別れたことを知っている。二人は大学を出て社会人になったら婚約するので付き合いを容認ようにんしてほしいという約束を沙耶の両親と交わしていたが、どうも沙耶と牟田口が身体の関係であったことを知っているのは彼女の母親だけのようだ。また、彼から病気をされたことは両親とも知らない。

 沙耶がどこで、どんな時に処女を牟田口にささげたのか、彼の性癖せいへき次第しだいに激しく下品になっていき苦労したことなど、そんな話を、沙耶が深夜部屋にやってきて身体を重ねた後で聞いた。

 互いに全裸でそんな話をするのは違うのではないかとは思ったが、これが俗にいう「寝物語」もしくは「ピロートーク」というものだろう。毎度のことだが、そんな話を聞いた後は憂鬱ゆううつに襲われ、続いて嫉妬しっとの感情に包まれてしまう。普段は牟田口の話題をしなくなった沙耶だが、どういうわけか、セックス後の気怠けだるい雰囲気に包まれていると、何とはなしに話してしまうようだ。それだけ彼女の心にはまだ、元彼とのわだかまりが残っているのだろう。自分がしてきたことを全て話して楽になりたい、そんな想いもあるのかもしれない。その全てを受け入れ、自分の中で無かったことにするのが正解だとも考えていたが、苦しみはまっていく。

 その時もそうだった、やにわに心が苦しくなりベットから身を起こした。沙耶が牟田口との話をし始めた時、いきなり嫉妬にともなう怒りが全身を駆けめぐるのを覚え、それを抑えるのもまた苦しかったからだ。

 この日はどうかしていた。

「……どうしたの」

 と沙耶が僕の左腕に手を置いて、そうたずねた。答えられなかった、心を襲ってくる苦しみを耐えるのに精一杯せいいっぱいだった。そして彼女はちょっと驚いたような表情をしている。初夏のなまぬるい夜で、僕らは上に何も掛けずにベッドに横たわっていた。月が昇ってきているらしく、ちょうど窓の外から月明かりが差し込み、彼女の身体が輝いているようだった。

「ねえ、……具合が悪くなったの」

 僕は首を振った。沙耶もまた身体を起こし、僕の横顔を心配げにのぞきき込んでいる。

 目を合わせられない。合わせれば、僕の目にどんな感情をたたえているのかを知られてしまう。

「……大丈夫だから、本当に大丈夫」

 そうただ前を向きながらそう答えると、次第しだいに気持ちが落ち着いてくる。

「ホントに……。ビックリした……」

「……うん。ごめん」

 そう答え、大きく息を吐いた。逆に沙耶は何かに思い当たったのか、はっと息を飲むのがわかった。

「……あたしが、前の彼の話をしたから」

 沙耶は何故なぜおびえた顔をしてそういてきた。僕の変化は何が原因なのか、これまでも薄々は感じていただろうが、はっきりと沙耶は気づいたようだ。

「あたしのこと、忠邦にもっと知ってもらいたかったから……、何でも話すつもりで……」

「大丈夫、沙耶の話なら何でも聞くから」

 僕は沙耶へ視線を外したまま、そうしぼりだすように答えた。

「ごめんなさい、……あたし、自分のことしか考えていなかったね」

 僕の腕を掴みながら、沙耶は下を向いた。

「そんなことないよ。全然ぜんぜん、大丈夫だから」

全然ぜんぜん大丈夫じゃない。……忠邦のことを考えていなかった。もう、最低」

「違うって」

「ううん、違わない。あたしって、最悪の人間……」

 彼女の肩が震え始めていた。今度は逆に僕が当惑とうわくしている。

「本当にそんなことないって……」

 僕は彼女の肩を抱いた。彼女の震えは止まらなかった。

「……ごめんね、帰るね。忠邦の顔が今は見れないから」

 そう言い、彼女は僕の手を解き、背中を見せてベッドから降りた。手早く脱ぎ散らかした服を僕に隠れるよう身にまといながら、時折ときおりすすり上げる声が聞こえる。

 声をかける手段を失った気分だった。彼女のシルエットが僕を拒絶しているように思えた。

「あたしのこと、嫌いになった」

 沙耶は背を向けたまま、そう訊ねてきた。涙に濡れた声だった。

「なる訳ないよ……」

「……でも、嫌いになっていいんだよ。……そしたら、あたしだけが忠邦を好きでいるから」

 沙耶はそう言い残し、よろめくように部屋を出て行った。

 どうしてこうなった、沙耶に僕が抱えているやみとも言える感情を知らせてはならなかった筈なのだ。彼女との関係が進展しんてんし始めた時、すべてを受け入れると決めたのに、自分の未熟さで彼女を傷つけてしまったことになる。

 沙耶との関係が変わった二年の間で、僕は彼女の恋人であった牟田口の話をかなり聞いていた。

 沙耶にとって牟田口とのことは、すでに過去の話で単なる記憶の一つとなるのかもしれないが、僕にとっては彼女の過去を現在知ったという違いがある。そして彼女の過去は、僕がどうすることもできない沙耶と牟田口の時間で在り、どう足掻あがいても介在できないのだ。だが、沙耶からしても彼女の送ってきた過去は消すことができない。彼女がどんなにその過去を悔いても、どうしようもない事柄ことがらであるのだということを僕は気づいていなかった。

 そしてそれに気づくまでにはまだ間があった。


 (三十)

 沙耶を泣かせて帰らせた翌日の朝、制服に着替えて月ヶ瀬社長宅でいつものように朝食を摂ったのだが、沙耶は顔を見せなかった。彼女の母親によると、まだ寝ているとのことである。

 ひどく気にかけながら、高校へ向かい、いつもよりも長く感じられる授業を受けた。その日はバイトが休みもあって、久しぶりに秋穂と一緒に下校した。

 最近は静馬と付き合っていることもあり、秋穂と下校することを避けていたが、この日は彼女の方から「一緒に帰れる」と聞いてきた。どうやら相談事そうだんごとがあるような雰囲気だ。こちらの気持ち的には相談どころではないのだが、無下むげに断るわけにもいかず、「いいよ」と連れだって校門を出た。

 ところが彼女はいつまでたっても相談を持ち掛けてこない。

 今年の年明けから、秋穂は髪を伸ばし始めている。静馬たっての願いで、髪を伸ばしてくれと言われたらしい。ショートカットにしている頃から、サラサラで質のよい髪だったので、肩まで伸びてきた髪の秋穂は、結構魅力的に見えた。その綺麗な髪が風や歩く動きに従い、ふわふわとれるのが秋穂のイメージをそのまま表しているように思える。

「今日は、静馬はどうしたんだ」

 秋穂が黙ったままなので、そう振った。どうせ、彼女も静馬の事で話があるのだろうと思ったからだ。

「休み……」

「あいつが、……珍しいな。連絡は取れてるのかい」

「ええ、さっき。声からして具合が悪いみたい」

 秋穂の声が少し暗い。

「なら、見舞いに行ったら」

 とそう返した。

「無理無理、一人で彼の家に行くなんて……」

「なんで、付き合ってるんだろう」

「うーん、そうなんだけど……」

 どうも歯切れが悪い。何に引っ掛かっているのだろう。

 僕らは一号線の信号を渡った。相変わらず交通量が多く、片側二車線の道にはびっしりと車が渋滞している。

「……そうなんだけどって、おい、しっかりしろよ」

 交差点の横断歩道を渡る際、いつも左手にそびえたつ東京タワーに目をやる。首都高の高架、二股に別れる広い上り坂が望め、増上寺境内ぞうじょうじけいだいの森と東京タワーが立つ森の緑がい。

「……それよりも、沙耶さんとはどう」

 何だか言い方にとげがある。

「なんで彼女のことを聞くんだよ。静馬とのことを最初に聞いたのは僕だよ」

「だって、気になるから……」

「僕のことは良いだろ、今は」

 秋穂は僕が沙耶とどういう段階に至っているのかを感づいているのだろうか。

「最近少し元気がないから、上手くいってないのかなって思っちゃう」

「そんなことないよ。毎日会っているし……。それよりも、静馬と喧嘩けんかしてるんだろ」

 とそう秋穂にたずねた。あまり僕と沙耶のことは触れてもらいたくないというのが本音ほんねだ。それに、秋穂と静馬が上手くいっていて欲しいのも本音ほんねである。

「うーん、してないかな」

 と彼女が答えた。

「じゃあ、何」

「何って……」

 こちらに目を向けず、秋穂が言った。

「そっちこそ、元気が無いように見えるけど」

 秋穂は急に顔をうつむけて、口を閉じてしまった。

 そのまま、僕らは田町駅を抜けて海岸側に降りた。秋穂は僕と肩を並べて歩くだけで、黙り込んでいる。今日も人通りが多い。

「もしね、……もしもだけど」

 と秋穂が急に言った。

「ん、何……」

 秋穂が立ち止まって、僕をじっと見上げてきた。

「……もし、沙耶さんと無理だったなら、わたしと付き合って」

「……」

「変なこと言っているの、自分でも判っている。でも、本気」

 そう言った途端とたん、秋穂の顔があけに染まっていく。瞳が狼狽うろたえた色をたたえていた。僕から見ると、その姿がひどくおさなく見える。しかし、口にした内容は、彼女があらん限りの勇気を振り絞ってのものだとも分かる。話すタイミングのさもそれを表している。

 僕らが急に歩道の真ん中で立ち止まってしまったため、人の流れが僕らを避けるように割れていく。秋穂の言葉の真意しんいが、上手く頭で処理できない。「何を言ってるんだ」と思うのが精一杯である。

駄目だめになったらで良いの。わたし、待っているから……」

 僕は手を前に出し、そう言った秋穂に何かをせいするような仕草しぐさをしてしまった。

「じゃあ、それでとは……言えないよ」

「今ってことじゃないの、もし、万がいち……」

「そんな、無責任はできない。八嶋さんにリスクしかないじゃないか」

 秋穂の言葉にかぶせるように、そう少し強めに言った。

「いいの……」

「だめだ。君の気持ちは嬉しいけど認められない」

「何で。私が良いって言ってるんだからいいじゃん」

 珍しく、彼女は感情の高ぶったような声を上げた。通り過ぎる人達の目が痛い。自分がとんでもなく理不尽りふじんな話を秋穂に持ち掛けているように見えないだろうか。秋穂の瞳がうるんでいる、もう間もなく涙が頬に流れ落ちそうだ。

「……僕ら友達だろ、これまでも、これからも友達でいようよ」

 何だか話していて、とてつもなく都合つごうの良いことを口にしていると思った。とてもじゃないが、この混乱した頭では秋穂の気持ちを受け止められないし、彼女にとって良い落とし所で了解りょうかいさせることも考えられない。何を言っても秋穂を傷つける気がした。

「友達じゃ、納得できないから、告白したのよ……」

「どんなに勇気を出して言ってくれたのも分かってるつもりだよ。……でも、受けられないよ」

 静馬とはどうなっているのだと浮かんだ。彼は秋穂が好きなはずだ、彼女も静馬が好だと思っていた。そう言えば、秋穂が僕を好いていると沙耶は言ったことがあった。

「……分かった。でも私の気持ちは変わらないから。私だけが想っていればいいの。向島君にどうこうしてくれとは、もう言わない。……ただ、知っていてね、私の気持ちを」

 彼女の瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。秋穂はそれを素早くぬぐうと、「じゃあ」といつものように片手を軽くひらひらさせるときびすを返した。そのまま彼女はこちらを振り返ることなく、人の群れに消えていった。

 秋穂の気持ちに僕は気付かなかった。なんでこうなるんだ、僕は秋穂と友人として大事に付き合っていきたいが、恋愛感情は抱いていない。

 彼女が好みではないというわけではない、むしろ好ましい女性だが、それ以上に僕は沙耶が好きだ。彼女の辿たどってきた過去について結構重いわだかまりをかかえてはいるが、沙耶以上に好きになる人は居ないだろうと思う。

 これは小学校の頃から一貫して変わらない感情だ。これからも変わらないだろうと思う。その想いの中には、好きだから離れる、彼女のしあわせのために身を引く、そういった選択肢せんたくしも最近考えるようになっていた。

 僕に秋穂が入り込む余地はないようだ。AがだめだからBに乗り換えるなんて芸当げいとう、僕はできない。


 (三十一)

 早い段階で秋穂の告白は、沙耶、静馬に知られるものとなった。知らせたのは何故なぜか秋穂だった。彼女はどういうつもりで沙耶や静馬に自分が僕にこくった事を話したんだろう。自分で逃げ場をとうとしたのか、それともでも自分の想いをげるための宣戦布告せんせんふこくとして話したのか、とにかく判らなかった。

 そしてそのために、沙耶からは盛大な焼きもち、静馬からは絶交(少なくとも当分は口を利きたくない)がげられた。

 沙耶が僕と秋穂との顛末てんまつを知った夜、僕はバイトが長引き帰宅が遅くなった。十一時を過ぎていただろうか、暗い社宅の廊下に彼女はたたずんでいた。こちらは秋穂が僕にこくったことを沙耶に話しているとは思わない。いつものように、顔を見に来たのだろうとくらいしか頭に無かったのである。

「あれ、ただいま……」

 沙耶のシルエットを見つけ、そう言った。彼女は黙り込み、暗がりの中でこちらをにらみ付けているようだった。近づいていくと、廊下の壁に背を預けていた彼女が、やや緩慢かんまんな動きで壁から背を離し、無言で僕を見下ろしている。

「……早く、鍵を開けなさいよ」

 何故か命令口調だ。そのいつもと違う口調に驚いて、急いでポケットから部屋の鍵を取り出すと鍵穴に差しこんだ。ドアを開けると、沙耶はすたすたと僕より早く部屋に上がり、あかりを付けないまま台所で立ち止まった。彼女が止まったので僕も同じように止まった。

「……八嶋さんに告白されたんですって」

 背を向けたままそう言った。いつもは秋穂ちゃんと呼ぶのだが、この時は「八嶋さん」と他人行儀たにんぎょうぎな呼び方だった。そしてその言葉のニュアンスには、感情を必死に抑えている気配が感じられる。

 何で知っているんだろうと一瞬思ったが、すぐに秋穂自らが沙耶にげたのではないかと思った。

「うん、……まあ」

「どうするの」

「どうもしないよ。……断ったし」

「それは知っている」

 返事にな調子がある。

「じゃあ、どうしろと……」

 僕は少し気圧けおされていた。

「たぶん……八嶋さんはあたしと違って汚れていないよ」

 彼女の言っている意味は分かる、でも、みずから言うのは間違っていると思った。

「沙耶のどこが汚れているんだよ」

 驚きながらもそう答えた。

「全部。……忠邦はあたし以外を知らないのに、あたしは違うから。だから八嶋さんにしなさいよ。忠邦は八嶋さんの初めての男になれるわ」

 むちゃくちゃだ、それにそのような考えは秋穂に対しても悪い。

「……今、明かり点けるから」

「だめ、今はだめ。……たぶんあたし、ひどい顔していると思う」

 と、相変わらず背中を見せながら沙耶が言った。

「……」

「……ごめん。これって、焼き餅なんだと思う」

 少し沙耶の声のトーンが落ちた。 

「焼き餅って、……僕にかい」

「そうよ、忠邦によ……」

 僕は彼女の肩に手をやり、無理やりこちらに向かせた。抵抗は無かった、むしろそのまま僕に身体を寄せてくる。柔らかな彼女の身体を受け止めながら、肩に手を置いたまま「ごめん」と僕はささやいた。

「彼女の気持ちをはかれなかった。……現に静馬と付き合っているし、僕が沙耶と付き合い始めていることも知っていたのに、まさか、あんなこと言い出すとは思わなかった。……油断してたんだ、脇が甘かった。本当にごめん……」

 沙耶は僕の言葉に少し落ち着いたのか、額をこちらの肩に押し付けながら、首を横に振った。

「秋穂さんの気持ち、分かるわ。……忠邦のことをずっと好きだったのよ。自分の気持ちを色々と誤魔化ごまかしてみたけど、どうしても……、あきらめきれなかった。だから、あえて二番目の位置にでも置いていて欲しいとのぞんだのよ」

 沙耶の分析には、「なるほど」と思わせるものがあった。だけれども、僕は自分がモテる男だとは全く思っていない。確かに沙耶は僕を好いてくれている。今でも少し不思議に思うものの、それは様々な要因が重なってのことだと、僕は考えていた。

「……分からないよ。……なんで僕なんだ」

「あのね、女は好きか嫌いかの二択にたくしかないって聞いたことない。……それが間違っているとは思わないわ。女は自分の人生を決める判断基準をそれに準拠じゅんきょしている面があるの。たぶんこれはあたしも八嶋さんも同じ。理屈じゃないのよ。だから、自分が好きだと思う対象が他の女の人からも好かれているというのが耐えられない。いつか、自分じゃない方にかたむくのじゃないか、ひょっとすると好きな人を失うかもしれない。その可能性がわずかにでもあると、とても不安だし、怒りさえ覚える。……今のあたしが、そうなの」

 彼女は滔々とうとうと言葉を続けた。その内容は驚くようなものだ、沙耶は僕を選び、その想いに固執こしつすらしているようだった。本来なら、沙耶を失うことを恐れるのは男の方だと思う。僕だってそうだ、彼女を失うのは絶対に嫌だ。彼女のような女性が今後、僕の前に現れるとは思えない。

 明かりを点けぬまま沙耶の肩を抱き、僕は彼女を寝室のベッドの上に座らせた。そしてもう一度、彼女をいだくように抱き締めた。

「……僕は他所よそに目を向ける余裕はないよ」

 僕は沙耶の頬に自分の頬を摺り寄せながらそう告げた。

「……あたしはバージンでもなかったし、他にも色々と仕出かしてるし……」

「大丈夫。僕は沙耶を好きでい続ける……、それは絶対に変わらないと思う……」

 最後の言葉は、沙耶が僕の口を自分の唇でおおってきたのでくぐもってしまった。その唇を受けながら、右手を彼女の胸の上に置くと、その上から彼女は自分の手を重ねてきた。

 互いの気持ちを確かめ合うように裸となり、熱を帯びた動きが激しくなるとあえぎ声の合間あいまに、「好きよ、好き」と言葉にならないような声を沙耶ははっし続けていた。

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