【七五】〜【八一】

【七五】

 ルーシーからは、この地方に伝わる昔話を聞くこともできた。


【七六】

 昔々、この地方に小さな或る聚落があった。住民たちは困っていた。満月の日になると、鬼が何処からか現れ、畑や家畜小屋等を荒らしていくのであった。満月が近づいた或る日、心配している住民たちの前に旅の詩人が現れて、野宿中に鬼の声を聞いたのだと言った。満月の日までに、若い娘を差し出さなければ、今度はこれまでよりももっと暴れてやると言い、それを伝えろと言われたということなのだ。恐怖におののいた住民たちの中には弱気になる者もいた。しかし、また別の旅人のグループが聚落に現れて、娘の代わりに自分たちを大きな木の函に入れ山へ運べと言う。鬼を退治してやるというのだ。旅人のグループは見事、鬼を退治して山を下りてきた。聚落では宴会が催されたのだが、旅人グループの一人の踊りがとても魅力的だったのだという……。


【七七】

「鬼というのは、赤カラスとは違うのでしょうか?」

 タロの質問にルーシーは、

「ええ、この鬼というのは人間に言葉で要求をしてきています。怪物とは違うのではないでしょうか」

「そのお話でも満月が関係している所は興味深いですね。それから、旅人の踊りが素晴らしいというのも面白いというか……」

「ホントよね。その人もダンサーだったのかしら?」

「おそらく、聚落外の人であることを強調しているのでしょうね。このお話が、聚落内の人だけで完結していないのは重要なことだと思います」


【七八】

 タロは思った。この昔話にある『鬼』が自分の知っている、例えば『桃太郎』に出てくる『鬼』と同じなのかは分からない。しかし、もしかしたら、自分と同じように大昔にもこの世界に迷い込んだあの世界の人間がいたのではないか? それで、このような話も伝わっているのでは……。

「あの……、鬼を退治した旅人たちというのは、その後どうしたのでしょうか? もしかして、その土地に住むことになったとか……」

「良くお分かりになりましたね。そういうお話になっているバージョンもあります。助けられた娘と旅人の一人が一緒に暮らすようになったとか、旅人同士で夫婦になって住むようになったとか」

 ケリイは、

「そうなんだ」


【七九】

「お二人も仲睦まじい様子で……」

 老婆が言った。

「婆あや……」

「失礼いたしました」

 老婆が室を出ていくと、ルーシーが、

「すみません。お客様との会話の最中に……、それも、あのようなことを婆あやが言うなんて何時もはないのですけれど」

 ケリイが、

「良いんですよ。全然問題ないです。実際、仲良いんですよ。ねえ、タロ」

「あ、はい」

「でも、そんなに仲良く見えたのかしら」

「ええ、お似合いですわ」

「そうでしょうか? きゃはッ」

 タロは、ケリイの赤い髪を見ながら、どう反応して良いか分からなかった。


【八〇】

 建物を出て、ホテルに戻るために歩く間、

「驚いたなあ、あんな家に住んでいる人もいるんだね。とてもお金持ちみたいだった」

「でも、私は何だか寂しそうにも感じた」

「うーん、そうだね」

「まあ、余計なお世話だろうけれど……」

「もし、赤カラスを退治できたら、お礼を言いに行こう」

「そうね」

 色々な商店や住宅から声が聞こえている。

「……さあ、いらっしゃい。いらっしゃい!」

「……そちらのお嬢さんたち、食べていかないかい?」

「……今日、二度目じゃないか! あんた」

「……許してくれよ。ママ!」


【八一】

 空には、白い雲が見えていた。

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