【三四】〜【四〇】

【三四】

 伝説の山は、北の方角にあるが、そこに至る間にも街があるので、まずはそちらを目指すことになる。

 タロがケリイと歩いている内に、だんだんと建築物が無くなってきた。もう街の領域が終わりなのだ。

 彼は、腕巻きを今一度確認する。剣の石も鎧の石もしっかりと嵌まっていた。


【三五】

 歩くことになるのは、草は生えていてもジャングルのような環境ではない。既に道らしくなっている所を進むつもりであった。


【三六】

 天に陽があり、まぶしい。雲も無く、晴れている。しかし、陽が落ちるまでに街に着くのは不可能だろうとのことだ。二度は野宿が必要だ。

 ケリイも目的の街に向かうのは初めてということだった。彼女の出身の街は、ここからは相当に遠い南の地域の方らしく、この辺りの地域に詳しい訳ではない。本当は、タロのいた街にまでも来るつもりも無かったらしいのである。薬草探しの話を知って、何だか面白そうな地域だなと南の河を渡って来たそうだ。


【三七】

 何時怪物が襲ってくるかと最初は身構えていたのだが、そういった気配は感じられず、たまに人と擦れ違うこともあったので、タロの気持ちも落ち着いてきた。

「ねえ、歌ってよ。ムードある、あれを」

 ケリイが請うので、タロは時々口ずさみながら歩いた。レパートリーが無いので、三つの歌謡曲を繰り返し歌うしかないのだが……。

「うーん。いいねー。タロの歌は最高だねー」

 彼女は喜んで、踊るように回って見せたりもするのである。

 はっきり言って、基本的には上手いどころか音痴と言えなくはないと自身で思っているタロは恥ずかしい。


【三八】

 やがて暮れてきた時、丁度誰かが野宿した痕跡を見つけたので、タロたちはそこで休むことにした。

 ケリイが袋から石を出して、火を点けてくれた。生活で使用するための魔法石というのもあるのだ。火打ち石とは違って石を持ち念じることによって、ボーと火が現前するのである。

 食事は、タロが持っていた携帯食向けのパンであった。

 ケリイは愉しそうに見えた。タロも、快い気分になってくる。


【三九】

 タロは、改札を通ると足早だ。今来る電車に乗りたいのだ。軽い緊張の内に何時もの地点に着くと電車が入って来た。ドアが開いて乗り込む。タイミング良く、坐ることができた。スマートフォンを取り出して、ニュースサイトをチェックする。余り拘りは無いので、サーと目を通して終わりにする。大学近くの駅までは、結構遠い。眠気が襲ってきたので目を瞑ってみる。本当に寝てしまう気は無かったのだが、何だか瞼が重たい。

 その内に、目に埃が入ったかのように違和感を覚え、痛い気がして目をパチパチする。

 人が行き交っていて、電車内ではない空間にいることに気づく。そして、自分は立っていた。座っていたはずなのに、何時の間にか立っている。今までに感じたことのない変な感覚だ。

 様々な露店が並んでいるらしく、美味しそうな匂いもしている。活気があって、市場なのだろうか?

 タロは、人々の流れに身を任せて歩いた。もしかしたら、同じ所をグルグル回っている気もする。

 或る食品店の前で、不図立ち止まってしまった時、

「何かお困りでしょうか?」

 横から女性らしい声がした。

 タロはその方を見て、

「リ……、リサさん……」

「リサさん?」

 タロは、眠りから覚めた。

 近くにいたのは、ケリイである。


【四〇】

 朝になって、また歩き出した。

 しばらくすると、少しずつだがだんだんと植物の大きさが変わってきたように思えた。所々、背の高い植物も自生している。

 そして、それら背の高い植物の集まっている所に近い位置になった時、タロは視界に変化を感じた。

 ドンと音。黒い塊。丸っこい巨大なものが植物の影から現れたからだった。

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