【二三】〜【二六】

【二三】

 まだ日中なのに、その空間には陽が差していなかった。代わりに、光を発する魔法石の効果と思われる灯りで照らされていた。

 タロは、ジョージに聞いたキャバレーと呼ばれる場所に来ていた。『キャバレー』というが、これが元いた世界で聞いたことのあるキャバレーと同じような所なのかは知らない。『ダンサー』がいるというのだから、踊りを鑑賞することができるのは確かであろう。

 勿論、彼がここに入るのは初めてだった。こんな時間でも、複数のお客さんが座っていて驚いた。同じ街に住んでいるのに、全然知らなかった。

 音楽が流れている。ダンス・ミュージックのジャンルであるトランスのような感じだと思った。タロは、電子楽器で制作された音楽が好きであったから、そう思えたのであるが、この世界でどうやってこのような音色が作り出されているのかは、やはり分からない。分からないことはとりあえず、魔法石かな? と思う癖ができてしまっている。

 カウンターがあるようだったので、とりあえずそちらへ、男性の従業員に案内してもらった。

 椅子に着くと、店内を見渡してみた。奥には舞台があって、おそらくダンサーであろう、裸足の女性が踊っているようであった。

 いわゆるバーテンダーであろうか、男性が正面近くに来たので、

「すみません。今、踊っているダンサーさんなんですが……」

「ユリアさんですね。美しいでしょう?」

「ええ。それで、あの方はどちらからここに……」

「お客様。そういった質問は御法度ですぜ」

「いや、あの……、ダンサーさんというのは募集で……」

「誰か良い人をお知りなんですか?」

「いや、その……」


【二四】

 タロが上手く話せないでいると、カウンターの端にいた女性が近づいてきて、

「あなたも踊れるの?」

「いいえ、踊れはしないのですが……」

「まあ、そうだと思ったけど。でも、何かできるでしょ? ほら、次の準備ができるまで場を保たせてよ」

 タロが舞台の方を見ると、ダンサーが後ろに去っていくところだった。音楽の音量も小さくなっていく。

「僕はですね……」

「話は、それが終わったら、聞いてあげるよ」

 女性が彼の脇の下辺りを掴んで、舞台の方へとギュウギュウ押して向かわせる。案外、力が強かったので吃驚したし、その強引さに何故か心地良さがあって、されるがまま舞台の方へと近づいてしまった。彼は観念して、靴を脱いで揃えて端に置くと、舞台に上がった。

 中心に立ってみると、お客さんたちは自分のことなど見ていなかった。

 安心すると同時に、何をしようか迷った。思いついたのは、歌唱することだけだった。自信がある訳ではない。インストゥルメンタルの楽曲を聴くことが多かったし、カラオケにも行くこともなかったので、そもそも歌える作品は限られている。

 子供の頃、父親が好んで聴いていた歌謡曲の一つを歌ってみた。すると、上手くもないはずなのに、この空間で案外受けが良かったのである。拍手を浴びながら、彼が舞台を下りると、

「不思議な、ムードのある歌ね。良かったわ」

 先程の女性が笑顔で迎えてくれた。


【ケリイ】

 彼女は、ケリイと自己紹介した。実はダンサーで旅をして回って来たという。タロが話をしたかったのは、この女性だったのだ。

 ケリイは赤い髪をした美人であった。同じ美人でもショップのリサと少し違ったのは、目がパッチリとして可愛いらしい感じも含んでいるところである。


【二六】

「……その通り。あなたが噂で聞いた通りです。薬草を探してくればマネーが貰えるの。……でも、あなたがその冒険をするつもりなの?」

「はい。でも、どこから探せばいいかも全然分からないというのも、本当です」

「そうなんだ」

 ケリイの表情を見て、タロは彼女が呆れているのかも知れないと思った。しかし、彼女は思いがけないことを言い始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る