【一五】〜【二二】
【一五】
ジョージが言うには、この街にあるキャバレーに現在滞在中の、旅のダンサーが薬草について詳しい。
「また、そこで朝まで呑んでいたのかい?」
彼の母親がタロたちの会話に口を挟むと、
「いや、友達の家に。……母さんたちの話は後で聞くよ。……で、タロさん。そのダンサーは、南の河の向こうの地域から来たんだって。だから、どういうことか知ってるんだよ」
「そうなんですね」
「タロさんも元々旅の人らしいけれどさあ。準備が足りないと思うよ。本当なら、向こうの街に行って情報を得てから薬草を探す旅に出るか決めるべきなんだよ……」
すると、彼の父親が、
「ジョージ。お前が偉そうに言うんじゃないよ。すまんね、タロ君よ」
「いいえ。その通りかも知れません……」
【一六】
確かに、タロはパレスのキングの発案内容を直接に見聞きした訳ではない。
どういう遣り方で世間に告知されているのかも、考えてみれば知らなかった。立て札にでも書いてあるのだろうか? 或いは、街の各地区のリーダー的存在を集めて発表されたとか?
いや、そもそもキングと市井の人々との関係もよく分かっていないではないか? おそらく、キングは王様なのだろうと思っているだけだ。
元の世界にいた時に、もしこういう得たい情報があったならば、スマートフォンで検索しただろうと思える。
しかし、勿論、こちらの世界にその機器は無い。
【異世界】
あの日、タロは電車の座席にいたはずなのに、不図気づくとこの街を歩いていた。荷物は無かった。ジーンズにTシャツという服装は、この街に溶け込む服装に変わってしまっていた。
元の世界と、こちらの世界の『間』には、何も経験しなかった……。
【一八】
タロはジョージの言葉によって、初めて不安を覚えた。準備は一応したつもりだったのだが、自分はこの世界の旅は初めてなのだ。周囲は皆、自分がこの世界の複数の地域を転々としてきた者であると思っているのだろう。だから、強く止める者もいなかっただけなのではないか? 本当は、かなり危険な旅になるのかも知れない。
【怪物】
例えば、ヒトクイもち。街の外に必ずいるであろう怪物である。丸っこい躰をしていて、それはゴムのようにビヨーンと伸びるのだが、時に人を包み込むように広がって襲ってくるのだ。包まれたら人は窒息するし、その後時間を掛けて吸収されてしまうらしい。
タロは、この怪物なら目にしたことがあった。
街に見世物がやって来たとき、冒険者との戦闘ショーをやっていた。特別に製作された檻に入れられてヒトクイもちが闘技場に持ち込まれたのだった。ヒトクイもちとしては小さい部類だったようなのだが、戦闘は迫力のあるものであった。
動物と怪物には違いがあるらしい。
怪物はまず、大きい。確かに種類によって、怪物よりも大きな動物というのも存在するだろうが、猫のように小さな怪物というのはいない。
動物も人を襲うかも知れないが、怪物はもっと確実に人を襲うとされている。
怪物を飼い慣らした例というのが無いらしい。
【二〇】
街の中を、タロは綺麗だと思う。道にはゴミはそんなに落ちていないし、石造建築物もしっかりとしている。二階建てのものまであるのだ。
生活だって、都市生活と言えるものだと思う。水道もある。
この街で、リサの元で暮らし始めてから危険を感じたことは実は無い。しかし、それは生活範囲が狭かっただけだと、彼は気づいた。
街の領域に、怪物が入って来ることはなかったのだから。
【二一】
しかし、それでもタロは、旅立つのを中止しようとは思わなかった。ジョージに聞いたダンサーに兎に角会いに行ってみよう、不安はありながらもそういう気持ちが先に立っている。何かに導かれるように……。
【二二】
陽は燦々としている。
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