【九】〜【一四】
【九】
タロの行動は、彼自身がそう思ったほどに早かった。噂を聞いた、その次の日の晩にはリサに薬草探しの旅の計画について話していた。
タロは、何か気になることがあっても口にすることを躊躇してしまう性格であるはずだった。幼い頃ショッピングモールで、或るキャラクターの着ぐるみ演者が登壇する催し物があったのが思い出される。多くの子供たちが保護者と共に、着ぐるみとのツーショット写真の撮影のために行列を作っていた中、彼も内心それを望んでいても決めて口に出すことができなかった。連れて行ってくれた母親は、幾らでも並んであげるという笑顔だったにもかかわらずにであった。何故か臆病な自分が出てきて躊躇してしまったのだ。
彼は、そういう性格を大学生になっても引き摺っていると自覚していた。
しかし、今回は、薬草探しの旅に出ることを直ぐに決断して実行しようとしていた。お尻に火が付いたみたいに、焦るような気持ちになっていたのだった。
良いことなのか悪いことなのか分からないが、この世界に迷い込むことで、性格が少し変わってきたのかも知れない。
【一〇】
実際に出発する日になって、居候しているリサの住まいを出てみると、清々しい朝の匂いがした。不安は何故か無かった。鼻下を横切る微風が心地良い。
少年の頃の、夏休みの朝みたいだった。
少年の頃は、父親の実家のある山林に近い地域に泊まりに行くことがあった。虫取りもしたし、小川で釣りを愉しんだ思い出もある。
この世界の旅は、元いた世界の『旅行』等とは違うはずである。怪物のいる世界、魔法石のある世界なのだから……。
どんな危険が待っているか分からないのに、リサが喜んで迎えてくれる未来ばかりを想像するタロであった。
【一一】
早朝にもリサとは挨拶したが、彼女は何時もと変わらずに既にショップに出ている。
タロは旅立つ前に、もう一度彼女の顔を見ていくことにした。
「いらっしゃいませー。今日限定の特売品もございますー」
店内に向かって、大きすぎず、それでいて通る声を発している彼女の元へショップの裏口側から近づくと、目の合った彼女は穏やかな表情で頷き、
「無理するんじゃないよ。何時でも引き返して来ていいんだからね……」
タロは、その言葉に震えて、
「はい。……とはいえ、自分なりに頑張ってみるつもりです」
「うん、分かってるよ。……それから、隣のお父さんが寄って行ってくれッて言ってたよ」
「そうですか……。うーん、何だろう?」
【一二】
リサのショップと住まいの近所に、金物を扱うショップがあった。年配の店主の親父もその妻も健在で、元気に商売を続けている。
タロが、店の中に躰を入れるやいなや、
「おおー、タロ君。御免ね。息子がまだ帰ってこないんだわ」
このショップの親父の顔と声である。
「えッ?」
「いやー、息子がね、お前さんに言いたいことがあるらしいんだわ」
「ああ、そうなんですね……」
そして、今度は妻も出てきて、
「さあ、タロさん。こちらから入って来て、お茶でも呑んで下さい」
【ジョージ】
タロは、丸い座面の椅子に座らせてもらってお茶を愉しんだ。少なくとも、この街ではスタンダードな飲み物である。使用している物体はお茶っ葉であり紅茶だと思うのであるが、詳しくは考えたことがない。リサも周囲の人たちも自然に呑んでいたから、タロも警戒心無く差し出されれば有り難くいただくようになっている。
このショップの息子には、タロも面識がある。ジョージという名前だった。
タロが、たまに見かける彼は、暇そうにしていることが多かった。つい先日に出会った時は、自分も薬草探しの旅にでも出ようかな、と気まぐれのような本当のような表情で言っていたのだが……。
【一四】
ショップの親父の昔話を聞いている内に、髪をクシャクシャにしたジョージが帰って来た。
「よー、タロ君。元気かい? 旅に出るなんて言っていたけど、結局何も決めてないんじゃないかい? いい情報をあげるよ……」
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