まほういしの火

森下 巻々

【真中太郎次(まなか・たろうじ)】〜【八】

【真中太郎次(まなか・たろうじ)】

 彼は名前を真中太郎次といった。この世界では『タロ』と呼ばれている。

 今、この世界、といったのは彼には以前異なる世界にいた記憶があるからである。そちらの世界で彼は大学生であった。ニッポンという国のある街を走る電車の中で居眠りをしてしまったのではないかというところまでは思い出すことができる。リュック鞄を膝の上に乗せた状態で頭を下ろした自分を思い描くことができる。その後は……。

 気づいたら、この世界のこの街を彷徨っていた。立ち止まり、最初は海外にいるのかとも考えたが、往来する人々は皆ニッポン語を話していた。どう見ても、紀元二〇XX年のニッポンの風景とは思えないのだから、むしろ不可思議であった。

 彼が不安な顔をし、料理を売る露店の前にいた時、声を掛けてくれたのがリサであった。


【二】

「しまった……」

 タロは、この世界の時計を見て一人声を発した。魔法石を動力とする時計の針は、午前七時を指していた。寝坊である。

 リサの住まいとショップに世話になっている彼だが、この世界にかなり慣れてしまったようである。

 リサに出会ってから、どのくらい経っているだろうか。

 彼は、今与えられている仕事を難なくこなせるようにはなっている。元いた世界のことを思い出さない日はなかったが、諦めの気持ちもあり、目の前のできることをしながら生きていた。


【三】

 そう、この世界にも、商店がありマネーというものが流通している。市井の人々は、マネーを介して食料や道具を入手している。


【魔法石(まほういし)】

 この世界の元いた世界との一番の違いを考えてみれば、それは『魔法石』の存在と思える。魔法石には種類があり、炎状の像が出現するものもあれば剣状の像が出現するものもある。飛び出た像は、物を燃やしたり切ったりするが、実際の炎や剣とは異なる。透けていて、『半』現前するとでもいえる。

 便利なものではあるが、街中で生活する上ではあまり気にすることもない。

 魔法石を常に携帯する者たちもいるが、彼らは街の外に出る者たちである。

 街の外には、人をも襲う怪物たちが出没するからなのだ。


【五】

 この街で売っている食料や道具は何処から来るのか? この街やその周辺だけで自給できるのかといえばそうではない。北方向にある街や、南方向にある河の向こう岸のもっと大きな街と商人たちの往来がある。

 商人たちは怪物との接近に備え、魔法石を携帯している。また、時には冒険者と呼ばれる者たちを用心棒として雇う。

 リサのショップの商品も、こうして入ってきたものだ。


【リサ】

 リサ。長い黒髪をした女性である。溌溂とした感じがあり、タロは毎朝顔を合わせる度に彼女からパッと、明るい印象を受ける。脚が長くスレンダーで、背筋がピンと伸びている。もしスーツを着たなら、バリバリのキャリアウーマンという感じにも見えるかも知れない。

 彼女の両親は既に亡くなっているそうだが、その薬のショップは、彼女が受け継いで現在でも営まれている。薬のショップといっても、実状は多様な雑貨も扱っている。それなりに忙しく、以前は従業員もいたそうであるが辞めてしまい困っていたところに、タロが現れたということらしい。

 タロは新しい従業員として、それなりにショップの役に立っている気持ちがあるが、経営についてリサが不安を感じている気もしている。彼には良く分からないが、やはり経営というのは難しいのであろう。


【ルル】

 リサのショップには、もう一人の従業員がいる。名前をルルといって、何時も髪を後ろで縛っている大柄な女性である。最近志望してきて、リサが即決で雇うことにした。実際、作業内容も直ぐに覚えて頼りになる存在である。

 以前は、街の南側にあるストアーで勤めていたらしいが、人間関係で何か嫌なことがあって辞めたらしい。どこの世界も同じようなものかと、タロはその話を聞くて感じて、残念だった。


【八】

 タロが寝坊してショップに出勤し遅れた日の昼、彼はお客さんから耳寄りな情報を得た。何が耳寄りかといえば、多額のマネーが賞金であるということだ。

 南の河の向こう岸には、キングと呼ばれる人の住むパレスがあるのだが、そのキングが或る『薬草』を探しているというのだ。薬草を見つければ賞金としてマネーが手に入る、このショップの経営が楽になるかも知れないと、タロは考え始めたのであった。

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