第2話

 俺は準備運動などはしない。強いて言うなら今のコレが、それにあたるのだろう。

 俺は走っていた。

 が真価を発揮するシチュエーション、それはいつになるかわからない。だから常に、臨戦体制だ。世のトレーニー達からの避難の的になるだろうが、そんなものは知った事ではない。これが、俺のスタイル。誰にも文句は言わせない。

 俺のスタイルといえば、有酸素運動を無酸素の前に行うのも、否定される材料になるだろう。だが、ふふ——。


 はそんなにヤワじゃねえ。


 優れた筋肉には優れた細胞がセットになる。オレが垂れ流したクソはオレ自身が浄化するのだ。俺にとってのラントレは、そういう意味を持つ。

 ジムへ行かないのは、こだわりなんかではなく、もっと手頃な場所があるからだ。いわば今のコレは俺の移動手段、それと同時にワクワクを高める儀式でもあるのさ。

 さて、目的地へ着いた。公園だ——へへ、今日も色んな奴らがいる。

 四百メートルトラックで毎日欠かさずウォーキングする爺さん婆さん。首に巻いた純白のタオルが、今も尚若々しさを放つそのオーラを強調していた。

 そのトラックの内側にある芝生でジャグリングの練習してるニイちゃん。まったくコイツには頭が下がる。その頑張りが実るかどうかは俺にはわからないが、その姿だけ観ても「こいつは凄え」と素直に尊敬できるんだ。

 だから俺も真っ直ぐに、鉄棒へ向かう。自分の限界を延ばす為にな。

 両腕を真っ直ぐに伸ばして、軽く跳ぶ。

 ひんやりとした鉄の感触と俺の体重を感じ取るりょうてのひらが、喜んでいた。

 俺は左手を下ろして右腕だけで鉄棒にぶら下がる。

 そして、その腕を曲げた。

 俺の指が、手首が、肘が、肩が、ギリギリときしんでゆく——良い感じだ。

 必死にを伸ばし落とそうとする重力には、同情する。無駄だからだ。

 重力の意を汲み取って身体を下げてやるが、また上げる——おっと、左腕お前らも寂しいよな? ちょっと待ってろ。別に俺は利き腕贔屓びいきなワケじゃない。こないだは左腕お前らが先だっただろ? 順番だよ、順番。

 ちょっとな左腕も気遣ったのち、俺は一旦、地面に降りる。そして、トラックをゆっくりと、走り出した。

 言っただろ? オレオレはセットだって。の出したクソはのエサになり、の出したクソはまたのエサになる。そういうサイクル、究極のエコ、だ。その為にはオレのエゴに、多少目を瞑る必要がある。

 トラックを一周したのち、また鉄棒に戻る。また腕達と会話して、またトラックに戻る。ああ、そろそろ他の筋肉奴らも構ってやんねえとな。ったく、世話が焼けるぜ。

 種目を変え、筋肉相手を替え、俺達のコミュニケーションは続く。まさに、ハーレムだ。


 ——ん? アレは……見ねえ顔だな?


 公園内に、大柄の女子が入って来た。背は低いが、大柄だ。何故ならデブ、だから。

 歳の頃は、わからねえ。二十歳そこそこみてえな幼い顔をしてるが、体型のせいでそれ以上にも見える。丸っこいから、それ以下にも見えるがな。

 そいつはそのままトラックの外周を音が鳴りそうな足取りで駆けていた。物凄く遅え、けど。

 ふーん? ダイエットか? まあ良い、新たな仲間だ、歓迎するぜ。

 厚手生地のジャージの上からでもわかるほどに、そいつのケツの肉は、揺れていた。

 

 

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